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大嶽城の圧巻の遺構群
引き返しいよいよ大嶽城へ。六坊からの比高は120m強もある。標高は495m、東尾根の最高地点だった山王丸よりも100mも高い。案の定、胸をつくような急坂で、必死に登ってゆく。
休み休み30分ほどでようやく山頂へ。いきなりの大嶽城の主郭だ。ぐるりと土塁で囲まれている。主郭を中心に、同心円状に帯曲輪とも横堀とも見える地形が並び、それらにも土塁がきっちり築かれている。都合3年も続いた浅井・朝倉vs信長戦の中で、徐々に改修を加えていったのかもしれない。
東尾根と同じく西尾根も南から尾根伝いの道が最も勾配がゆるやか。当然、そちらを固める必要があるな、と思いながら下った先に大竪堀が落ちていた。
極めて技巧的な2つの出丸
大竪堀を横目に、尾根を下ってゆく。この先に出丸が2つ。なかなか辿りつかないが、あとは下りなので気は楽だ。約20分で城の遺構らしき凸凹が見えてきた。「福寿丸」だ。時刻は15時30分。比高は一気に200m近くを下っていた。
曲輪はほぼ主郭のみの単郭タイプだが、かなり技巧的。主郭をグルリと囲む土塁の高さも相当だし、見事な食違い虎口まである。しかも北と東の2カ所。北側の虎口の外にある幅広の横堀は尾根の両端まで続いている。
福寿丸からさらに下ること20分ほど。比高100mほど下がったところに「山崎丸」。こちらも福寿丸同様に凝っている。
タイプは似ており、単郭の外周部を土塁で固めてある。南側の横堀は、やはり比較的幅の広い尾根いっぱいに伸びていた。







