運転手がてんかんを発症し、意識障害で制御が利かなくなった車両に衝突され、25歳の若い命が失われる――こうした痛ましい交通事故が、令和7年1月に大阪で発生した。
被告人は、てんかんの症状によって医師から再三車の運転を禁止されていた。同時にアルツハイマーとも診断されており、運転禁止の指示やてんかん症状を抑える薬の服薬すらも記憶に留めておけない状態であったという。
事故にいたるまでの経緯を知ると、防ぐチャンスはいくらでもあったと感じさせる今回の事件について、全4回の裁判を傍聴した裁判ライターの普通氏がリポートする。
医師から運転を禁止されたことも忘れてしまい……
裁判には、被告人の妻が情状証人として出廷した。被告人と結婚したのは40年以上前で、それから同居を続けている。
法廷での被告人の態度は、事故による反省やアルツハイマーによる影響と思われる自信のなさ、縮こまった様子を感じられるものであった。一方、妻は、とにかく疲れて憔悴しきっているように見えた。
事故の17年ほど前、被告人は物忘れを頻繁にするようになった。その際は解離性障害と診断され、後に完治した。しかし、10年ほど前からまた物忘れが目立つようになる。前日の記憶どころか、その当日の記憶すらも曖昧になることがあったという。
検査の結果、医師からはアルツハイマーと診断された。医師は被告人に運転を止めるように伝えたそうだが、被告人の記憶には残らず、妻にもその事実は伝えられていなかった。妻は被告人の運転を不安には感じたというが「医師に禁止されていないのなら」と運転を継続させていた。
今回の事故を起こす以前には、自転車との接触事故も起こしている。妻も同乗しており、被告人の手が震えだして痙攣を起こす様を見ていた。その事故以降、妻は被告人に運転を止めるように伝え、病院にもできるだけ付き添って病状や薬の飲み忘れがあることなどを伝えた。
しかし、注意してもすぐに忘れてしまうことから徐々に気力がそがれ、被告人がそれから長い期間運転を控えていたこともあり、妻のトーンは徐々に薄れていった。
