事故当日、家族から「自転車で会社に行きや」と言われていた

 事故の数カ月前、てんかん発作により救急搬送された後のことについて、検察官からの質問に妻はこう話す。

検察官「医師からは運転についてなんと言われましたか」

「2年間発作がなければいいが、それまではしないようにと」

検察官「その点、家族で話し合ったりしたのですか」

「そのときは、もう運転もしてなかったので(話し合わなかった)」

検察官「被告人が運転免許を更新していたことは知ってたのですか」

「知ってたと思います」

検察官「そのことについては、何か言ってないんですか」

「何も言ってません」

 事故の日、家を出る前の被告人に対して子どもは「自転車で会社に行きや」と声をかけていた。当時、どれほどの頻度で注意の声掛けをしていたかは明らかになっていない。しかし、被告人の体調が悪そうに見えたので特にその日の声掛けは覚えていたという。

 声掛けもむなしく、被告人は車で会社へ向かった。妻も後に気付いたが、「安全に」と伝えるのみで特に何もしなかった。事故を起こす直前には、帰宅についてのやりとりもしている。そこでも運転を止めることはできなかった。それらの理由について「浅はかだった」、「軽く考えすぎていた」と妻は供述し、こう続ける。

ADVERTISEMENT

「主人の行為で未来ある青年の命を奪い、大変申し訳なく思っています。家族で(被告人の運転を)止めることができず、後悔の気持ちでいっぱいです」

被告人は医師から運転を禁止され、家族からも止められていた 画像はイメージ ©NOBU/イメージマート

被害者の年齢も覚えていられないほどの記憶能力

 妻への尋問からひと月ほど後に被告人質問が行われた。被告人の記憶力は限界状況にあり、すでに妻への尋問の内容を覚えていないほどであった。遺族の代理人弁護士が質問すると、こんな一幕も。

代理人弁護士「あなたは、被害者の名前と年齢を覚えていますか」

被告人「〇〇(本名)さん……、22歳」

代理人弁護士「25歳ですよ」

被告人「あっ……」

 もちろん、被告人に悪気があるわけではない。しかし、こうした被告人の答えの一つ一つが、遺族の気持ちを傷つけているのではと想像するに、とても辛い時間であった。