たとえ短くても、冤罪ではかけがえのない人生が奪われる

――そうすれば、いつまででも戦える、と。

村木 それでも、裁判を長引かせてほしくない、という気持ちはありました。60歳の定年までに決着をつけてほしい、と。定年を過ぎてしまえば、これから自分が役所で仕事をする機会を全部奪われてしまうわけです。それはもう取り返しがつかない。そのような状況を想像するだけで、とても恐怖感がありました。

記者会見での村木さん ©︎時事通信社

 袴田巌(はかまたいわお)さんのように逮捕されてから再審無罪まで58年とか、福井事件の前川彰司さんのように38年とかいうと、誰もが「これはひどい」と思いますが、それよりずっと短い期間であっても、冤罪ではかけがえのない人生が奪われるんです。

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 子供がいれば、その成長を見守るとか、あるいは仕事を続けるとか、そういう人生そのものを奪われるのは本当にひどいことです。なのに検察の人たちは、それを軽く見過ぎです。人生のどの期間も、その人にとっては取り返しのつかない、かけがえのない期間だということが、どうして分からないんでしょうか。

©︎鈴木七絵/文藝春秋

 私は、無罪が確定した後、大阪弁護士会のイベントに出て、東住吉事件(※)の青木恵子さんのお話を聞いて衝撃を受けました。彼女は娘さんが火事で亡くなっているのですが、その悲しみのまっただ中に、警察から「おまえが殺したのと同じだ」といった言葉を浴びせられ、責め立てられて、虚偽の自白に追い込まれる。それで有罪判決が確定するという本当に過酷な体験です。

1995年7月に大阪市東住吉区で発生した住宅火災で、長女(11=当時)を保険金目的で殺害したとして母親の青木恵子さんと当時の内縁の夫が逮捕された冤罪事件。青木さんは自白を強要され、裁判で無期懲役が確定したが、出火原因は車庫の車からガソリンが漏れ、近くの風呂釜の種火に引火した自然発火の可能性が高いことが判明し、2016年に大阪高裁で再審無罪が確定した。

 その後再審無罪となるんですが、21年間の身柄拘束で奪われたものはあまりに大きい。自由になったからといって、それが取り返せるわけでもない。息子さんの成長を見守れずにいた影響も大きいと思います。

 その彼女がみんなの前で、本当につらい体験を話すのを見て、反省しました。私は当初、冤罪体験を話すのは楽しくないし、それが自分の役割だという自覚も余り持てずにいたんです。青木さんや袴田ひで子さんとの出会いで、私も刑事司法のことはしっかり関わらなければ、と思うようになりました。

©︎鈴木七絵/文藝春秋

――その思いを感じながら、ご本を再読したいと思います。本日はありがとうございました。

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