すべての学問に関わる土台

山口 イギリスでは、オックスフォード大学の看板学部、代表的な学位コースはPPE(Philosophy, Politics and Economics)といって、哲学・政治学・経済学という三つの分野を並行して学ぶことで人間や社会を深く理解することをめざすプログラムになっている。PPEはデビッド・キャメロンやリシ・スナクなどの英首相をはじめ、多くのリーダーを輩出しています。

 PPEは、日本の大学でいうと政治経済学部が近いのかもしれませんが、そこに哲学は入っていません。政治と経済というプラグマティックな(実用的な)領域に、コンセプチュアルな(概念的な)哲学が入ってくるのは、日本人の感覚だと違和感があるかもしれないですね。しかし、オックスフォードの考え方は、政治とその根本にある法律のコンセプトは哲学を源流とするというもので、根源まで遡って理解をしようとすると、哲学が必要となる。また経済というのは人間の行動と深く関わるものなので、人間理解という意味でも哲学は必要であるということです。

 すると、そこにはおのずと歴史という要素が入ってきます。なぜなら、哲学は「人間は、どのように人間や社会について考えてきたか」という思考の歴史的な蓄積の上に成り立っている学問だからです。そう考えると、歴史やリベラルアーツは、すべての学問に関わる土台ということですよね。そして、フランスもイギリスも、エリートは必ずリベラルアーツを学んでいる。

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深井 「アメリカでは実学重視の傾向が強くて、リベラルアーツや歴史は軽んじられているんじゃないか」と思われがちですけれど、それって誤解ですよね。

山口 アメリカを代表する大学はどこかと聞かれたら、日本人の誰もが「ハーバード大学」と答えると思います。世界大学ランキングのトップ10に入り続けている屈指の名門大学で、ビジネス・スクールやロー・スクール、よくドラマの舞台になるメディカル・スクールといった大学院があることは知られていますね。ところが、「ハーバード大学に何学部があるのか」と問われたら、知らない人のほうが多いでしょう。

 ハーバード大学にあるのは、実はリベラルアーツ学部のみで、経営・法律・医学などの専門分野は大学院で学びます。専門性を身につけるためには、ベースとして文理融合の多分野にわたる知識が必要で、社会のリーダー候補、いわゆるエリートと呼ばれる人たちは、専門性だけに偏らない、幅広い知識や視野を持たなければならないという思想がある。それをかたちにした教育システムになっているわけですよね。