「いちど都外に移り住んでみたけれど…」
通り沿いの商店ではないが、音羽さんが感動した話を教えてくれた。鬼子母神の門前に近い「大門欅並木」だ。「地元の皆さんが保存会を作っているのですけれど、秋になると落ち葉で1日に何回も掃除をしなければなりません。でも、皆さんは『夏には葉があるから涼しい。土砂降りも和らげてくれる。冬には葉が落ちて日差しが暖かい。欅並木のおかげで暮らしている』とおっしゃいます。私はその話を聞くたびに心が洗われる気がするのです」。
同会の副会長、川崎正士さん(80)は「雑司ヶ谷は『人にちょうどいいまち』なんだろうね」と評す。
そうした地元の人々がつながりあって暮らしているのかと思うと、「新しい店もできています。新しく来てくれる人もいい人ばかりです」と尋智さんが話していた。音羽さんもこの20年の住民だ。
尋智さんは若い時、誰もが自分のことを知っている雑司ヶ谷を離れたくなり、埼玉県内に住んだことがある。「知らない人ばかりのまちは居心地が悪く、住めませんでした。離れてみて雑司ヶ谷の良さが分かりました」と、1年ほどで戻ってきた。
「いいまちですよ。住み心地がいい。安全。安心。便利。緩くて、優しい。住むなら雑司ヶ谷」と尋智さんは微笑む。
大都会の中で結界のようにして守られてきたのは、奇跡のようなまちだった。
それが95年前に埋められた地下河川の上に成立し、今もなお地下河川の上に存在している。弦巻川は姿を消してもなお、人々の暮らしを育んでいるのだ。
※鬼子母神の「鬼」は正式には上に点がありません。
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