「個人への人格的・職業的な揶揄が多かった」

・辺野古事故めぐる産経報道は「イデオロギー偏重」か プチ鹿島氏の文春記事に反論する(メディアウオッチ 皆川豪志 2026年5月3日)

 皆川氏のコラムを読んで驚いたのは、私(プチ鹿島)個人への人格的・職業的な揶揄が多かったことだ。

《しばらく見ないうちに、単なる「産経嫌い」になってしまったようだ。》

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 と冒頭に書き、ラストは、

《このままでは「新聞芸人」ではなく「赤旗芸人」などと呼ばれかねない。形だけでも、もう少しイデオロギー性は隠した方が仕事の幅は広がるのではないか。》

 私が仕事が無いことに焦り、前回のようなコラムを書いた――そんな締め方なのである。これが新聞記者の文章だというから驚く。

 特に気になったのは《形だけでも、もう少しイデオロギー性は隠した方が仕事の幅は広がる》という部分だ。これは裏を返せば、「そういう発言をすると仕事が狭まるぞ」という意味にも読める。あと、何としても「思想」の話へ持っていきたいようにも見えた。興味深いのは「しばらく見ないうちに」「仕事の幅」「焦って」といった、“落ち目”のイメージまで一緒に貼り付けられていることだ。「売れない芸能人は左翼になる」という言説は、こうして「誰だこいつ」感も印象付けながら作られていくのかもしれない。

 注目は、私を「産経嫌い」と書いたあと、後半にこんなフレーズが出てくることだ。

《まるで、プチ氏の嫌いな「ネトウヨ」が、》

 ギョッとした。私は前回のコラムで「ネトウヨ」という言葉は一度も使っていないからだ。日常生活でも「ネトウヨ」「パヨク」というスラングは使わないようにしている。相手を馬鹿にしているように思えるからだ。

 しかし産経・皆川氏のコラムでは唐突に《プチ氏の嫌いな「ネトウヨ」》と出てきた。これは一体なんだろう? 事実に無いことを書いている。もしかしたら誰かに呼びかけているのだろうか。