しまいには「赤旗芸人」というラベリングをされ…

 いつの間にか、「ネトウヨを嫌う側の人」として話が進んでいる。そしてしまいには「赤旗芸人」というラベリングをされている。しかも《「赤旗芸人」などと呼ばれかねない》と自己の責任は回避しつつ巧妙に。なるほど、「売れない芸能人は左翼になる」という言説は、こうして形作られていくのかもしれない。今回それをかなり実感したのである。

 ちなみに産経・皆川氏には仕事が減って焦っているように書かれた私だが、現在レギュラー番組3本、コラムは月に13本、本の出版はこの1年間で4冊、そこに単独ライブを各地で開催と、自分では忙しいつもりだった。だが暇なように思われてしまうことに反省しきりである。そういえば数年前に産経新聞から無料の仕事依頼があったが、忙しくて断ったこともあった。生意気だった。反省したい。

産経新聞東京本社 ©soraneko/イメージマート

 でもちゃんと言っておくと、もし仕事が無い状態だったとしても、おかしいことはおかしいと言ったり書いたりして何が悪いのだろうか。ましてや私の新聞読み比べは「おかしさ」だけでなく、「可笑しみ」も含めた人間への興味も書いているつもりだ。

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 産経・皆川氏の私への「反論」コラムには、《被害者や遺族に対する思いが書かれた部分は一切ない》とあった。驚いた。

 前回、《海という大自然を相手にしながら、子どもを預かる側の安全管理が極めて脆弱だった可能性だ。「平和学習」とは究極的には命の話だろう、なのになぜ》と書いた。さらに、沖縄の平和運動や平和学習が「命こそ宝」から出発したというなら、今回の事故は絶対に起きてはいけない事故だったとも書いた。大事なのは誰かを罵倒することではなく、校外学習としての安全管理をどう徹底するかという原点の問題ではないか。それが主眼だったし、亡くなった方やご遺族への思いでもある。

 皆川氏のコラムで気になる点はまだある。

《確かにSNS上などに誹謗中傷はあるだろう。プチ氏はまるで産経の報道がそうした声を誘導しているかのように書いているが、健全な批判やごく自然な感情としての怒りまで誹謗中傷扱いしているようにも聞こえる。》