「誰が発言しているのかわからなくて」大学時代に一度教師になることを諦めたワケ

――教育大学ということですが、将来は教師を目指していたんですね。

舩橋 実は大学時代に一度教師になることを諦めているんです。大学では模擬授業といって、生徒役を大学生が務めるものがあったんです。ただ先ほども話しましたが、私は大人数で話されると、聞きとるのが難しい。

 私が先生役で「みんな質問あるかな」といって、生徒役の人達が声を出し始めると、何を言っているのか、誰が発言しているのかわからなくて。

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「生徒の声を拾えないのに先生になるなんて無理だ」と思ってしまって、そこで挫折しました。ただ、イギリスへの留学で変わりました。

 

――どんなきっかけになったんですか。

舩橋 留学前から、もし難聴でなければもっと英語も話せたはずだという思いがあったんです。就職活動を迎えるにあたって、「私はこれまで何を頑張ったかな?」と振り返った時に何もないなと思って。

 そんな時に今、一番自分が目を背けていることは何かと考えた時に耳のことだと思いました。

 難聴を理由に「できない」と思っていることを1つでも克服しないと、一生耳を理由に言い訳する人生になってしまう。そうならないために、今何をすればいいかと考えた時に、英語圏で生活して英語が話せるようになったら自信になるかなと思って。

 現地に行ってしまえば否が応でも英語を使うし、身振り手振りで何とかなるかもしれない。そう思って、大学の交換留学のプログラムに申し込んで、イギリスに3か月間留学しました。価値観もそこで変わりました。

 

難聴のことを話したら「それがどうしたの?」と…

――どんなふうに価値観が変わったんですか。

舩橋 留学先のイギリスで、自己紹介の際に拙い英語で難聴のことや補聴器のことを伝えたら、「それがどうしたの? なんで深刻な顔してるの?」って言われて、びっくりしちゃって。

 日本だと触れていいのかどうか空気を読みがちなんですけど、イギリスでは「肌の色も宗教も生活も違って当たり前。耳が悪いことはわかった。配慮はするけれど、それも個性だし、それがあってのあなたでしょ」といろんな人が自然に言ってくれたんです。

――素晴らしいですね。ほかにもイギリスで過ごしていて、日本との違いを感じましたか。