「非常時」に登場した首相の共通点
このように見ると、今の日本社会の心理は「非常時」という言葉がキーワードとなった1930年代と重なってきます。1931年の満州事変以降、日本は国際的に孤立し、国内では五・一五事件や二・二六事件といった軍部がらみの政変が立て続けに起こり、1937年に始まる日中戦争へと突入していきました。
その日中戦争勃発の1カ月前に首相に就任したのが、皇室に最も近い「五摂家」筆頭の家柄に生まれた、45歳の近衛文麿でした。華族出身の“皇室にも近い家柄の若手政治家”がこの非常時に首相として登場したことで、国民からの絶大な支持と人気を集め、世は“近衛ブーム”の様相を呈しました。
高市首相と今のところ最も似ている過去の首相はこの近衛ではないかと私は思います。人々が(言葉こそ使いませんが)「非常時」感覚を共有している局面で登場し、初めての女性首相という“特殊性”を持っています。ほかにも、いくつかの共通点が思い当たります。
例えば、メディアの使い方の巧みさです。近衛は、第一次政権を成立させる前年に日本放送協会(NHK)の総裁に就任するなど、メディアに精通していた。政権発足直後には「全国民に告ぐ」と題して、首相として史上初となるラジオ演説を敢行しています。その喋り方は明瞭で分かりやすく、政治に関心のない人たちもラジオの前に集まりました。日中戦争前夜の緊迫した情勢において、国民の一致団結と協力を直接訴えかけるメディア戦略だったわけです。
今の高市首相も、既存メディアに対する不信感が強まる中、SNSで自ら発信する手法を取っている。難しい具体的な話は飛ばして、共感を得やすい形で語ってくれる。そうした姿勢が近衛と同じく、支持率の高さに反映されているように思えます。
※本記事の全文(7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年6月号に掲載されています(中西寛「近似する高市早苗と近衛文麿」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・高市首相に欠ける「構想力」
・分岐点に差し掛かった日米関係
・アメリカの核の傘は機能していない

