雑誌の連載、テレビのレギュラー出演、商品開発や食のイベント――寝る間も惜しむように働く、東京・恵比寿の予約が取れない日本料理店「賛否両論」店主・笠原将弘さん(53)が出版した書籍は、通算100冊以上。愛と料理で人生のお悩みを解決する“問答レシピ”形式で人気を博した「週刊文春」の連載「笠原将弘のご自愛めし ちゃんと食ってるか!?」の書籍化(小社刊)を機に、根っからの料理人だった父との思い出を辿る。(全6回の4回目/)

笠原将弘さん(撮影 志水隆/文藝春秋)

ちっちゃいうちから親父にいろいろ言われて育ったからこうなった

――笠原さんに教わった調理のコツで、揚げ物の衣をつけるときは片手でおこなうというものがありました。両手を汚すと作業場がどろどろになるし、衣が無駄になると。それがお父さまの教えというのが、いいなと思いました。

笠原将弘さん(以下、笠原) 小学生のときから親父にそういうこと言われて育ったから。だからこうなっちゃった。うるさいんだよ、人に。

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――日常的に言われていた?

笠原 たとえば店が休みの日に、家族で外食に出かけるでしょ。トンカツ屋に食事に行ったときなんか、カウンターのなかで店員さんが衣をつけるのを俺も見てたのよ。それで、その通りだなあと思って。

――お父さまに見るように促されたわけではなく?

笠原 ちっちゃいうちからいろいろ言われて育ったから、ごはんを食べに行っても、(料理人の姿を)見るのが好きなの。カウンターに座るのが好きだし、つい見ちゃう。自分の料理が出てくるまでにね。

カウンターの端で宿題やったり、夕飯は店の残りもの

――笠原さんの息子さんはどうですか? 一緒にごはんを食べに行かれたときとか。

笠原 まあ見てないねえ。ぜんぜんだよ。

――笠原さんは育たれた環境もあった上に、自らとりにいくといいますか、学習しようというお気持ちが。

笠原 そう思う。

 

――それがいまのところ息子さんには。

笠原 ないよね。まあ親父が料理人っていうのは同じだけど、環境がちがうじゃん。俺は帰ればそこが店だったし、俺の同級生もみんなそうだけど、特殊な育ち方になるもん。家が蕎麦屋とか、寿司屋とかね。

――継いでらっしゃる方も?

笠原 継いでるやつもいるし、継いでないやつもいるし、でもやっぱり言うことは一緒だよね。少年のときの環境がだいたい似てるよ。カウンターの端で宿題やってたとか、夕飯はだいたい店の残りもの、寿司屋の息子なんかさ、酢飯ばっか食べさせられるから、すっごい嫌だったって。でも俺はそれと同じように焼き鳥ばっかりだったからね、お弁当とかにも入ってたからさ。