5月末、市当局と様々な医療従事者が奇病対策委員会を設置し、この疫病の調査を実施。地域限定の病気であったため当初は伝染性を疑い、患者を隔離し予防措置として自宅の消毒を行った。

 ほどなく伝染病は否定されたが、この初期対応が後に水俣病患者のみならず、水俣市民に対する差別と偏見を生むことになる。

致死率35%

 調査の過程で、委員会は3年前の1953年ごろから水俣湾で死んだカラスや魚が浮上し、多くの猫が狂ったように痙攣し死に至っていることを把握する(当時、地元では「猫踊り病」と呼ばれていた)。

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 そこで、委員会は熊本大学医学部に調査の協力を依頼。熊大研究グループは8月ごろから患者を大学病院に入院させて徹底的な検査を行う。

 患者の症状は様々だった。手足の感覚喪失、しびれ、めまい、つまずき、視覚視野狭窄、聴覚障害、嚥下困難。これらの症状はしだいに悪化し激しい痙攣、昏睡を引き起こし、最終的には死に至った。

 10月までに発見された患者は40人で、そのうち亡くなった者が14人。致死率は35%に及んだ。

 いったい、原因は何なのか。熊大の研究グループは患者が水俣湾沿岸の漁村に集中しており、そこに住む漁師やその家族の主食が水俣湾産の魚だったことから、水俣病は重金属による中毒で、主に魚介類を通じて人体に入り込むのではないかとの推論を導き出す。

 1959年2月に水俣湾の水質検査が行われると、衝撃的な結果が得られた。