プレイステーション全盛期の2000年に発売され、国内417万本という大ヒットを記録した『ドラゴンクエスト7』。しかし、当時のファンの中には、フル3Dで革新的な映像美を見せつけた『FF7』などと比べ、「期待したほどすごくない」と“停滞”を感じた人も少なくなかった。
しかし、そのグラフィックを選んだのには確かな理由があった。『国産RPGクロニクル ゲームはどう物語を描いてきたのか?』(イースト・プレス)の一部を抜粋して紹介する。
◆◆◆
王座は安泰と思いきや……
一方、PS時代のドラクエはどうだったのでしょうか。
『ドラクエ7』の国内販売本数は417万本。ここまでのシリーズでも最高値であり、PS全体でも「日本国内でもっとも売れたゲームソフト」ですから、大ヒット作であることは間違いありません。
しかし、そこに至るまでの開発の道筋や、作品そのものの評価など、総合的な印象でいえばむしろこのPS時代は、ドラクエの歴史のなかで「混迷期」に位置付けられると思います。
約6年にわたるPSの時代を通じて、ドラクエシリーズは『ドラクエ7』たった1作品しか発売されませんでした。かたやFFシリーズは『FF7』『8』『9』の3作品で、つぎつぎと新機軸を打ち出していましたから、この時代のドラクエには、僕のように「混迷」とまではいかずとも、「停滞」ムードを感じていたユーザーは多かったと思います。
実際、『ドラクエ7』の開発は難航し、もともと1997年に発売予定だったものを何度も発売延期して、結局2000年にようやく発売となります。
このとき、ドラクエに何が起きていたのでしょうか。
老舗の味と最新ハード
前述のようにFFシリーズは、各ゲームハードのスペックを限界まで活用してきたことで、その時代に可能な「ゲームの映像美の上限」を見せることがひとつの芸風になっていきました。
一方ドラクエはというと、そこの競争にはあまり乗らず、ハードスペックに左右されにくい「ドラクエ独特の味わい」で勝負する芸風でした。
この「味わい」とは何かというと、堀井雄二さんのシナリオ、鳥山明さんのイラスト、すぎやまこういちさんの楽曲、この3人の巨匠それぞれの職人技術、つまり個人技の集積です。

