現場レベルではこういう異文化衝突を一種のイベントとして楽しんでいたところもあるのですが、実際の社員数でいうと当時数千人いたスクウェアに対して、エニックスはたった百数十人の会社でした。人間集団のムードというのはなんだかんだいって人数比を素直に反映してしまうものですから、合併後のスクウェア・エニックスは「スクウェアの企業文化をベースにエニックスの味付けが加わったもの」になっていったと思います。個人的には「社長が全社員の顔を知っているぐらいの規模の中小企業に就職したと思ったら、ある日突然大企業に転職していた」という印象ですが、まったくタイプの違うゲーム企業を2社続けて体験できたという意味で、人生経験としてはラッキーでした。

なぜ2社は合併したのか?

 ここからはスクウェアとエニックスが合併した理由について、僕なりの考えをまとめておきます。

 通説では、2001年に劇場公開された映画版『ファイナルファンタジー(*1)』が興行的に失敗したことにより、スクウェアの経営が傾いたことが合併の直接の原因である、とされがちです。

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*1 2001年公開。3カ月かけて葉脈を作り込んだのは有名。実は日本の3DCGクリエイター育成には多大な貢献になっており、例えばアートディレクターの瀬下寛之は後に『大日本人』のVFX監督を担当。

 製作費1億3700万ドルが投じられたフルCG映画『ファイナルファンタジー』は、全世界興行収入が8500万ドルという結果に終わりました。これによって借金がかさみ、スクウェアは1000人を越える巨大な開発部隊を維持することが難しくなってしまった、というわけです。

 一方そのころ、現金経営主義のエニックスにはかなりの資金的余裕がありました。新入社員当時に先輩から「エニックスは、俺たちが余計なこと(ゲームを作って赤字を出すことです)をしなければ5年から6年は全社員が食えるだけの資金を持っているよ」といわれたのを覚えています。