「ミュウが欲しい」という声
この盛り上がりにいち早く気づいたのが当時『コロコロコミック』でポケモンを担当していた編集者、久保雅一さんです。
久保さんのもとには、読者から「ミュウの情報が欲しい」「ミュウが欲しい」という声がたくさん届きます。子どもたちがこれほど欲しがっているのだからと、久保さんは任天堂と相談し、ミュウの誌上プレゼントを企画しました。限定20人の抽選プレゼント企画です。
今の感覚で20人というと「とんでもなくレア」なプレゼントに感じてしまいますが、マンガ雑誌における普通の誌上プレゼントは1~10人ぐらいに玩具やグッズを贈るような規模ですから、20人というのはむしろ大盤ぶるまいです。普段より大きな反響があるだろう、と編集部が予測していたことがわかります。
ところが実際の読者の反応はその想定を遥かに上回るもので、なんと7万8000通もの応募があったのです。当時の小学生は全国で約800万人だったとのことで、つまり全ての小学生の100人に1人ぐらいが応募したわけです。
実体のないデータのプレゼント企画で、しかも当時はインターネットもまだ一般的ではなかったので、このプレゼントは「当選者から自分のポケモンのカートリッジを編集部宛に送ってもらい、そこにミュウのデータを入れて送り返す」という手作業でおこなわれました。
このプレゼント作業をおこないながら、『コロコロ』編集部には驚きとともに懸念も持ち上がります。約8万人の応募に対して、わずか20人へのプレゼント。この稀少性は危険なのではないか? 「ミュウが当たった」と当選者の子どもが公言しても、周囲の反応は大丈夫だろうか? そこで、編集部では「もっと、どんどんプレゼントしていこう!」という方針が固まりました。
当時小学館グループが開催していた大規模イベント「次世代ワールドホビーフェア」で、「ゲームボーイとポケモンを持ってきてくれた読者にはミュウを配ります」と告知し、会場では『コロコロ』のスタッフがゲームボーイと通信ケーブルを手に待ち構えていました。これも人海戦術による手作業のプレゼント企画でしたが、1回のイベントで約700人にミュウをプレゼントすることができたそうです。
