大蔵省が仕掛けた最後の一手
この膨大な借金の清算は、終戦直前に劇的な展開を見せる。終戦末期、中国国内では政情不安を背景に金(ゴールド)の市場価格が急騰し、約1年で40倍以上に跳ね上がっていた。横浜正金銀行などの北京支店には、日本政府の金が残っていた。
ポツダム宣言受諾が決定されるや否や、大蔵省はこの金を一気に売却する決断を下す。小野氏は「汪兆銘政権からの借金の9割以上は、これで返済が終わった」と語る。
背景には2つの理由があった。停戦後に占領軍が来れば資産はすべて接収されてしまうこと。そして、40倍超に膨らんだ金価格がいつ暴落するかわからないことだ。「日本のフリーハンドが効く間に返済してしまおうということですね」
売却後、市場に大量の金が放出されると、金の価格は急落した。文字通りの「売り抜け」だった。
借金のカラクリから金売却による債務返済まで、日本の戦時金融は極限の計算で動いていた。しかし、この裏で現場では目を覆うような狂騒が進行していた。潜水艦で運んだゴールド、硬貨を削り出して戦闘機を作ろうとした造幣局の涙ぐましい徒労――。追い詰められた戦時金融のもう一つの「狂気」の全貌は、動画内で深く語られている。
