哲学や思想を扱った本に、20代、30代の若い読者が増えているようだ。書き手の若返りも始まっている。本書もそうした傾向を代表する一冊だ。著者は1994年生まれ。分析美学を手がかりとして、様々なポピュラーカルチャーを哲学的に思考している新進気鋭の研究者だ。初の単著である本書に続き、「なぜ人は締切を守れないのか」「性的であるとはどのようなことか」などインパクトのあるテーマを扱った論考を送り出し、話題を集めている。
「とても引き出しの多い方なので、どのようなテーマで単著を書き下ろしていただくかを決めるまでに、かなりのやりとりを重ねました。その過程で、著者から『青春もののCMがあまり好きではない』という話が出たのが企画の発端です。物語的に人生を描くことの功罪を考えることは、著者がもともと研究者として長年取り組んできた人間の美学の問題と重なる。さらに、もうひとつの研究領域である〈遊び〉の哲学にも接続できそうで、初の単著として、おもしろいものになると感じたんです」(担当編集者の今野正悦さん)
本書は二部構成になっており、第一部は、私たちの暮らす社会に大きな枠組みとして存在する「物語」への傾斜を批判する。政治家が選挙戦で語る苦労話のように、過去と現在の出来事を結びつけ、共感や感動を誘う「物語」が今の社会には無数に存在している。そうやって事象の解釈が固定化され、人を動かし、時には縛り付けることの暴力性を著者は分析する。そして第二部では、そこから逃れる手段としての「ゲーム」「パズル」「ギャンブル」「おもちゃ」といった遊びについて議論を展開する。
「目次構成にはこだわりました。『物語』という概念の考察から始まり、そこからオルタナティブな手段を扱うことで、物語の構造が解体されていく。その道筋の魅力を、少しずつ読者に感じ取ってもらいたかったんです」(今野さん)
現代には「自分とは何か」を問われる局面が多い。SNSにしろ、就職活動にしろ、自己紹介を精緻化したような「物語」的な発言を求められる機会が昔と比べて格段に増えている。社会に蔓延する物語を求める空気に対して違和感を覚える人の多さが、本書をはじめ人文系書籍への注目度を高めているのかもしれない。
2025年7月発売。初版1万部。現在9刷5万1500部(電子含む)
