全国の蒙古タンメン中本を巡り、限定メニューやイベントを追いかけ続けている、づけとごさん(56)。世の中には無数のラーメン店があるというのに、彼はひたすら蒙古タンメン中本に通い続け、その“中本愛”を何年にもわたって貫いてきた。
それだけではなく、彼は中本を理由に大企業を辞め、毎日のように通うようになった。まさに「レジェンド」である。
自他共に認める探究者となった今、づけとごさんの辛さとの向き合い方や、中本というカルチャーの奥深さまで話を聞いた。(全3回の2回目/3回目に続く)
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「せっかく休みを取れたから…」社会人になってからは有給を取って中本に
――づけとごさんは15年以上にわたり、ほぼ毎日中本に通い続けているのですよね。中本にハマり始めた頃は、どれくらいのペースで行かれていたんですか?
づけとご 大学生の頃は時間もあったので、月1~2回くらいのペースで食べていたんですよね。その後、社会人になると、食べに行く機会も減りました。
というのも、初代・中本正さんの「中国料理中本」は高校生の客が中心の店だったので、営業時間もすごく短く、夕方くらいには閉めてしまうことも多かったんです。
――それでは「休みの日に行けたらいい」くらいの感覚だったんですね。
づけとご でも、有給を取ったり、半休を取ったりして食べに行っていました。
――ん? 有給を取ってまで?
づけとご 当時は会社でも若手で仕事が忙しくて行けなかったので、有給でも取らないと食べられなかったんですよ。「せっかく休みを取れたから、まず中本に行こう」という感じでしたね。
ずっと「毎日食べたい」と思っていた
――同じ系統だとラーメン二郎にハマる人も多いですが、そこは違ったんですね。
づけとご もちろん、二郎も食べましたし、同じ時期にいろいろ食べ歩いていました。でも、中本の魅力がほかのラーメンを凌駕してしまったんです。中本を食べると頭の中が中本のことでいっぱいになる。お腹が空くと、「中本を食べたいな」と思っていました。
――そして、白根さんの蒙古タンメン中本になってから、営業時間も延びました。
づけとご ありがたかったですね。「仕事終わりにすぐ行く」という生活になりました。営業時間が長くなっただけではなく、定休日も減ったことで、非常に通いやすくなりました。
――それでも週1~2回くらい?
づけとご 仕事もありましたからね。でも、頭の中はずっと中本のことばかりでした。
――いつ頃から、「毎日でも中本を食べたい」と思うようになったんですか?
づけとご 営業時間が延びて行きやすくなって以降、ずっと「毎日食べたい」とは思っていました。

