「週刊誌の記事が証拠でございますか」と反論
だとすれば高市首相は中傷動画問題について説明する責任がある。「私は秘書を信じる」という話だけでは済まないだろう。首相は国会で「週刊誌の記事が証拠でございますか」と反論した。だが問題は、週刊誌を信じるか秘書を信じるかという話ではない。報じられた内容に対し、どこまで確認し、何が確認できていないのか。その説明責任が問われているのである。少なくとも報道側は、メールやメッセージなど具体的な資料を示している。
今回の件は首相側の「インテリジェンス(情報収集・分析)機能」の致命的な弱さを象徴していないだろうか。松井氏のような人物がなぜ首相の周辺に入り込めたのか。
高市首相は「国家情報局」の設置やスパイ防止法制定を強く訴えている。だが、その足元ではどうだったのか。近づいてくる人物を見極めることすらできていなかった。
その結果どうなるか。河野氏は最新記事で、金融庁が調査を続けている一方、警察による本格捜査には進展が乏しい背景として、総理事務所案件のため忖度が働いている面は否めないとし、「令和の森友問題」との指摘もあると報じている。
もし首相が本気で「情報」を重視するなら、まず検証されるべきは「最高権力者」の周辺で起きた今回の情報案件ではないか。その検証を置き去りにしたまま、国家情報局などのルールづくりだけが先行するのは妙だ。
今回の騒動は、「情報を扱う側」の危うさを示した事件でもある。近づいてきた人物を見極められず、結果として情報を握られ、振り回される。国家の情報力強化を訴える政治家自身が、その危うさを露呈しているのである。これほど皮肉な状況もない。今問われているのは情報をどう集めるかではない。自分にとって都合の悪い情報とどう向き合うのか、だろう。
