事件発覚のきっかけは「ある男の告発」

 事態発覚のきっかけは、同施設が作られ2年2ヶ月が経過した1949年(昭和24年)2月某日のこと。この日、詩人の北川冬一郎と名乗る男性が大阪市北区の毎日新聞大阪本社を訪れ、衝撃的な告白を行った。

 なんでも、前年の1948年12月に職を求めて岡山に足を運んだところ、岡山駅近くの路上で身なりのきちんとした男性から声をかけられたそうだ。

「うちに来ると十分な食事が用意されている。館内で作業をすれば1日につき300円~400円の賃金も払える。しばらく、うちに来て金を貯めたらどうか」

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 食うにも困っていた北川にとっては願ってもない話。すぐさま誘いに応じ、その職員男性に連れて行かれたのが岡田更生館だった。

 しかし、入所するやいなや頭を丸坊主にされた後、狭い空間に多数の収容者がひしめき合う不衛生な土蔵に放り込まれる。「指導員」と呼ばれる部長級30名の監視の目は厳しく、収容者はトイレに行くにも事前に断りを入れなければ怒鳴られる始末。

 仕事が与えられることはなく、食事も朝晩は米が数粒しか入っていない薄い雑炊で、昼は中身がよくわからない穀物か黒い麦飯が出されるのみ。就寝時は脱走防止のため全裸になるよう命じられたうえ、防寒具は布団代わりの麻袋(通称:ドンゴロス)が1枚与えられるだけだった。