親はとっくにAIに負けている

 そして家庭内暴力の多くは「家庭の事情には立ち入らない」という大義名分のもと、看過されがちなのです。酔った父親からの暴力から逃れる手段として、長女は児相への通報を選択します。その児相通報のきっかけとなったのが、生成AI。親という一番身近な大人によって傷つき、悩んだ子どもが一縷の望みを託したのは、周囲の大人ではなく、AIだったと。

「親」の否定と「大人」の否定の両方がこの事件にはあるのです。子ども世代は大人が考えるよりずっとAIに慣れ親しんでいる。「私に似合うメイク教えて」「友人関係で悩んでいるんだけどどう思う?」「バイトの愚痴を聞いてほしい」……彼らは気軽にAIに語りかけ、コミュニケーションを取っています。そういう点では、親はとっくにAIに負けている。しかし、今回の件のような、自身の体や心、生命の危機的状況に対して、やっぱり頼るのは大人、親であってほしい、そこはまだAIに勝っていると多くの大人は過信していたのではないでしょうか。

写真はイメージ ©AFLO

 しかし子どもは大人のことも親のことも信頼してはいなかった。こいつら誤魔化したり、自分に都合いいこと言ったりするだろうなと見透かされている。「AIというものを憎みたい」と徳光さんはおっしゃいますが、憎むべきはAIではなく、AIより信頼されていない周囲の大人であり、その中に当の阿部慎之助もいる。私たち大人はAIに負けている。そのことにもっと落ち込むべきじゃないでしょうか。

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 子どもがオギャーと生まれてから、おむつ替えたりミルクあげたり離乳食食べさせたり、公園連れてったり、学校通わせたり、怒ったり泣いたり笑ったりしてきた、同じ時間を共有してきたはずの親の意見より、AIの提案を受け入れるという事実はだいぶ重たい。志らく氏のいう「ただの親子喧嘩で逮捕されたっていう事実」より、ずっと重たいのです。