読み上げられた長女の手紙

 そして「たかが親子喧嘩」という論調にさらに拍車をかけたのが、阿部氏の涙の会見で読み上げられた「長女からの手紙」でした。この手紙により「今まで世話になってきたのに、何様のつもりだ」「阿部が職を失えば、お前だって今までみたいに贅沢には暮らせないぞ」……など長女バッシングはより苛烈なものになっています。

会見では長女の手紙が読み上げられた ©時事通信社

「殴る蹴るといった事実はなかった」「大事になったことを反省している」「普段は仲のいい家族」など長女の後悔が綴られたようなこの手紙。この手紙が公表されることで、「お前の勝手な振る舞いで偉大な選手のキャリアを傷つけた」と長女にヘイトが向かうことは火を見るより明らか。父親からの暴力を受けた娘が、更なる加害に巻き込まれることはたやすく想像できたはずです。

 手紙には「父にはこのような声明はいらないと言われた」という前置きがなされていました。それでも、もし長女自らの意思だったとしても、子どもより少しは経験豊富な親や大人たちが公表自体を止めるべきだったのではないでしょうか。もし阿部氏が本当にこの件を「反省」して、もうこれ以上子どもを加害に晒すまいと思うなら。やはりまだどこかで、絶対的な権力者である自身の気分を害した子どもが悪い、あの暴力はそれに対する致し方ない「躾」であったと考えているのでは。

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歪むことない“事実”

 多くの人がまず「暴力はよくない」と言います。そしてその後に「でもこの件は単なる親子喧嘩で」「でも子どもの躾としては然るべき」「でも監督を辞めるべきではない」「でも大好きな父親から野球を奪ったことを娘さんは後悔しているはず」。いや、「暴力はよくない」に「暴力はよくない」以外の効力はありません。暴力はよくないんですよ。それは昭和であっても令和であっても、家庭であっても、会社であっても、社会であっても国家であっても。

 酔ってささいなことで子どもに手を上げた阿部氏が加害者であり、18歳の長女は被害者。どんなに「暴力はよくない」を枕詞にして暴力の正当性を訴えようとも、その非常に悲しい事実だけは歪むことはないのです。


▽西澤千央さんの執筆記事は「theLetter」でもお読みいただけます。

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