初めてのソロツアーとなった「BAD WORLD TOUR」ほか、国内外のさまざまな仕事でマイケルと関わった田中章氏。田中氏は当時のEPIC・ソニーの国際部で海外のレーベル、アーティスト・マネージメントとのマーケティングに関わる交渉、契約などに携わっていた。国内外でマイケルに何度も会い、彼の素顔の一端を垣間見ることが多かった人物である。
「私が担当になった時、マイケルは既にスーパースターとしての地位を確立していて、彼についての知識はありましたので、一緒に仕事ができることをうれしく思いました。初対面の時も、スーパースターとしての圧倒的な存在感はありますが、マイケルの穏やかな笑顔に親近感を感じたことが印象に残っています」
ホテルで「友達を紹介したい」と言われ…
田中氏はマイケルから「Aki」と呼ばれ、日本において最も信用されていた人物だったと言われている。それを裏付けるエピソードは枚挙に暇がない。
「シャイなマイケルが、ある日のコンサート前のレセプションで、急に私と肩を組んできたのには驚きました。スタッフが写真を撮ってくれ、(その写真に)マイケルが『Love Always(変わらぬ愛をこめて)』と書き込んで送ってくれました。彼のマネージャーだったフランク・ディレオの話によれば、マイケルが『Love』だけでなく『Always』を付けるのは家族やごく親しい人にだけだった、と聞いてとてもうれしく思いました」
滞在先のホテルではマイケルから「友達を紹介したい」と言われて部屋に行き、バブルスと会っている。また、時にはメディアへのマイケルのコメントを田中氏が代弁したこともあったという。
「最初の来日時、コメントをフランクに依頼したところ『Akiがマイケルの気持ちを代弁しておいて』という話になり、私のコメントが『マイケル談』として発表されました。マイケル本人の意図なのか、フランクの独断だったかはわかりません。フランクはかつてEPIC/USAのプロモーション部門の部門長で、以前から共に仕事をした仲でしたので、気心が知れていたこともあったのでしょう。今だから話せることですが、メディアやファンの方々には申し訳ないことをしました」





