マイケルが握手を求めた清掃員

 そんな信頼関係は、マイケルが熱心だった慈善活動でも発揮された。マイケルは「レコードの売り上げを子どもたちのために寄付したいが、寄付先はAkiが決めてほしい」と田中氏に伝え、宮城まり子が経営していた肢体不自由児療護施設(当時)・ねむの木学園を推薦した。

「ねむの木学園への寄付の件はマイケルの希望で非公開でした。マイケルの生涯の寄付総額は数百億円とも言われ、ギネス記録になっていますが、こうした非公開のケースも含めれば実際の寄付総額はさらに多いと思います」

1988年のホテルニューオータニ大阪でのレセプションにて。サインに注目(田中氏提供写真)

 田中氏には、これらの慈善活動がマイケルの心からの行動だったことを確信した瞬間がある。87年の10月、マイケルが六本木のソニー・ミュージックのスタジオで「The Way You Make Me Feel」のMVに、かけ声を吹き込む作業を行っていた時のことだ。

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「マイケルをトイレに案内した際、階段の踊り場に、顔にケロイドの痕が残る清掃員の方がいらっしゃったんです。するとマイケルが私に『あの方と握手をしてもいいですか?』と聞くのです。私がその方にお話しすると、マイケルは彼の元に歩み寄り、手をしばらく握っていました」

 そこにいたのは、マイケルと清掃員と田中氏だけだ。

「もしマイケルが、表向きだけの慈善活動を行う人間であれば、周囲に誰もいない場所でそのような行動はとらないでしょう。彼には真の優しさと思いやりがあるんだ、と強く感じましたね」

 普段の優しさの一方で、田中氏はアーティストとしての厳しさを感じることもあった。

「レコーディングでは『これくらいでOK』という線を認めず完璧主義でした。ダンスも同様で、来日中もホテルの部屋の一角にダンス練習用の木のフロアーを作り、ツアー中でも練習を繰り返していました。細部までこだわった芸術家的完璧主義とストイックさ、責任感は、彼が幼い頃から培ったプロ意識からくるものです。その原動力はシンプルで『観てくれる人々を幸せにし、現実を忘れるような魔法の時間を届けたい』という使命感にあったと思います」