太平洋戦争のターニングポイントとなった「ミッドウェイ海戦」。その最大の敗因として語られがちなのが「暗号解読」である。
当時、アメリカ軍の暗号解読班は凄まじい執念で日本の作戦を丸裸にしていった。一方の日本海軍はといえば、情報分析の専門家はおらず、山本五十六が重用した先任参謀・黒島亀人は「ふんどし一丁で瞑想」するばかりで重要な情報を機動部隊に伝達しなかった……。
いったいなぜこのような差が生じたのか。ここでは、大木毅氏による『ミッドウェイ海戦』(文春新書)の一部を抜粋し、日米の明暗を分けた差に迫る。
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変人ロシュフォート
ミッドウェイ海戦で論議が集中している点といえば、やはり何よりも暗号解読の問題でしょう。実は、日本の海軍暗号は、珊瑚海海戦の時点でかなり解読されておりました。
当時、アメリカで暗号解読をやっていた組織は二つあって、ひとつがワシントンにあった海軍通信部通信保全科(OP-20-G)、通称「ネガト」(NEGAT)。もうひとつがハワイの太平洋艦隊司令部にあった戦闘情報班、通称「ハイポ」(HYPO)です。このハイポ、とくに太平洋艦隊の情報主任参謀エドウィン・レイトン中佐と班長のジョセフ・ロシュフォート中佐の2人が暗号解読に大きく貢献しました。
2011年にロシュフォートの伝記(Elliot Carlson, Joe Rochefort’s War: The Odyssey of the Codebreaker Who Outwitted Yamamoto at Midway, Annapolis, MD., 2011)が出版されましたが、それによると、かなりの変人だったようです。軍服の上に真っ赤なスモーキングジャケットを羽織って、スリッパをつっかけて歩き回る。机の上には傍受記録が山のように積みあがっている。そして1日20時間から22時間も働く。
ハイポは窓のない地下室にあって、「地下牢」と呼ばれていたそうですが、今ならさしずめブラック企業ですね(笑)。
暗号の分析には当時最先端のIBMのコンピュータが導入されていました。とはいえコンピュータの黎明期ですから、まだパンチカード式です。傍受した電報1本につき75枚から多い時には200枚ものパンチカードが作成されましたが、それを整理するのは人間ですから、大変な作業です。あるスタッフの回想では、「私がやったことといえばパンチだけ。座り込んで6時間ぶっ続けでパンチ。小休止して水か何かを飲んだら戻ってきて、またパンチ」(前掲Joe Rochefort’s War)というありさまです。
