油断また油断
ただし、ミッドウェイ海戦の敗因の第一は、やはり戦力の分散であって、暗号解読で決まったわけではありません。暗号が読まれていたから負けたと強調するのは、敗因の本質を覆い隠すことになりましょう。
また、真珠湾攻撃と違って、海軍はミッドウェイ作戦の機密を本気で守ろうとしていたのかどうか。おおいに疑問です。
ミッドウェイ海戦に駆逐艦嵐の水雷長として参加し、最後に赤城に魚雷を打ち込んで処分した元海軍少佐の谷川(たにかわ)清澄さんが、「しかも出撃前に呉の街を軍服で歩いていますと、『海軍さん、今度はミッドウェーだそうですね。頑張ってください』と声を掛けられるんです。ミッドウェー攻略は軍事機密のはずなのに、これにはぞっとしました」(「空母「赤城」に打ち込んだ二発の魚雷」、『文藝春秋』2012年9月号、前掲『文春ムック』)
と回想しています。
また、占領後に展開する予定だった航空隊の司令部が、横須賀郵便局宛に「6月中旬以降当隊宛の郵便物は『ミッドウェー』に送られたし」と平文で打電したといいますから、機密はだだ漏れです。海軍士官たちが通う料亭に呼ばれた芸者まで、今度はミッドウェイねと言いだしたという話まであります。
また、空母の士官室にはミッドウェイ島を占領した後に必要となるであろう物資が山積みにされていたともいいます。アルコール類も大量に積まれて、ほとんど物見遊山に出かけるようだったと。真珠湾攻撃の時は不要なものは極力陸に上げられた、とくに可燃物は艦外に運び出されたといいますから、真剣さがまるで違います。
油断また油断。
こうして、弛緩しきった空気のなか、連合艦隊はミッドウェイ作戦にのぞむことになるのです。
