黒島は、旗艦の居室にふんどし一丁でこもって香を焚き、瞑想して作戦を考えたといわれますが、その奇行も連合艦隊参謀になってからのこと、おそらくは日露戦争の秋山真之を気取って、変人ぶりを衒ったのだろうと、私は考えています。実際、それ以前の配置にあっては、特段のエピソードは伝わっておりません。
戦後、黒島は連合艦隊参謀長だった宇垣纒の遺族を訪ね、日記「戦藻録」を借り出します。東京裁判で証言を求められているのでそのために使うとのことでした。しかし、黒島がそのころに東京裁判に出廷した事実はなく、しかも日記の一部は「電車の網棚に忘れてなくした」と返却されませんでした。黒島は、他でも自分にとって不都合な記録の湮滅(いんめつ)をはかっています。彼が隠したかったことは何だったのでしょうか。
レイトンと山本五十六の因縁
さて、暗号解読の立役者となったレイトン、彼は日本語をマスターした専門家です。日本駐在も二回経験している。その二度目の日本勤務、駐日米大使館付海軍武官補に任じられた際に、海軍次官だった山本五十六と親交を結んでいます。いっしょに歌舞伎座に行ったり、ブリッジをしたりした仲だそうです。
二人の因縁については、興味深いエピソードがあります。山本が前線視察のため、ラバウルから飛行機でブーゲンビル島のブインへ来ることを、無線傍受と暗号解読によって知ったアメリカ軍は、はたしてその乗機を襲撃し、彼を亡きものとすべきかについて、検討しました。暗殺という手段の是非を問うたのではありません。山本を殺害したとして、後任にもっと優秀な人物が来るようでは、かえってマイナスになるのではないかと考えたのです。
このとき、議論に加わったレイトンは、日本海軍には山口多聞がいて、ひょっとしたら山本よりも優秀かもしれない、だが、彼はミッドウェイで死んだから、心置きなくやれと答えたといいます。
アメリカは戦前からこうやって日本の有能な将校のことを調べ上げていたのです。情報にはシギント(通信傍受による諜報)、ヒューミント(人間による諜報)、オシント(公開情報による諜報)の三つがあるといわれますが、どれをとっても日本は遅れていたと判断せざるをえません。