誰もいない家でカップ麵をすする
小学校の6年間、私はいわゆる「鍵っ子」だった。
パパは仕事で忙しく、ママも平日は習い事に通い、土曜は友だちと買い物に出かける。日曜以外、家にいることがほとんどなかった。
学校が終わって私が家に帰るのは、だいたい午後3時ごろ。玄関を開けても「おかえりー」と言ってくれる人は誰もいない。
私は帰るなり、カップラーメンにお湯を注いで、テレビをつける。「土曜ワイド劇場」(テレビ朝日)の再放送を見るのが日課だった。残酷な殺人シーンも、お色気シーンもあって小学生には刺激が強かったけど、カップ麵をすすりながら夢中になって見た。
ある日、友だちの家に遊びに行くと、お母さんが優しく接してくれた。3時になれば、おやつが出る。
「へえ、普通の家はこんな感じなんだ」
子どもながらに羨ましかった。やっぱり鍵っ子生活はどこか寂しかったんだと思う。
鍵っ子は、鍵を家に忘れてしまえば、一巻の終わりだ。
ある日は、おしっこを我慢して帰ったのに、鍵を忘れて家の中に入ることができず、そのまま漏らしてしまったこともある。
「誰かに見られたら、どうしよう……」
とにかくママが帰ってくるのを待つしかない。そのときの絶望感といったらなかった。
「パパ、早く帰って来ないかなー」
鍵っ子時代、いつもそう思っていた。パパがいれば、ママの機嫌も良くなり、梅宮家は平和になるからだ。
大人になってから、鍵っ子時代の寂しさをママに打ち明けたことがある。
「えー? 毎日、留守にするわけないじゃない。せいぜい週2日くらいでしょ。だって、あなた小さかったんだから」
そんな調子ですっかり忘れていた。
小学校は私にとって暗黒時代だ。電車通学は嫌だったし、地元の子どもたちはハーフの私の顔を見るなり、「外人、外人」とはやしたて、石を投げられたこともある。
そのうえ、家では孤独な鍵っ子生活。われながらよく耐えたなと思う。
このころの被害意識があるからこそ、私はいまだにママに複雑な想いを抱いてしまうんだろう。
写真=平松市聖/文藝春秋
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梅宮さんの著書『フルコース』では、母・クラウディアさんと父・辰夫さんの衝撃の馴れ初めや、娘・百々果さんとのローションを掛け合うほどの大喧嘩、10日で再婚した夫との関係など、赤裸々に書かれています。
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