モデル、タレントとして華やかなキャリアを築く一方で、恋愛や結婚、離婚、シングルマザーとしての子育て、そして乳がんとの闘いまで、その人生を包み隠さず語ってきた梅宮アンナ。なぜ彼女は、数々の苦難や世間の批判にさらされながらも、自分らしく生き続けることができたのか。そして、梅宮アンナがたどり着いた人生観とは何だったのか。

 梅宮アンナが自身の半生を赤裸々につづった著書『フルコース』(文藝春秋)から、母・クラウディアさんとのエピソードを抜粋してお届けする。

2010年当時の(左から)母・クラウディア、父・辰夫、娘・アンナ

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「所帯じみた女にしたくない」

「顔ぐらい見せに来なさいよ」

 孫ができると、おじいちゃん、おばあちゃんの態度も変わった。時には孫に会いたいあまり、おばあちゃんが、なんの予告もなしにアパートを訪ねてきたから、ママも苦労したらしい。

 おばあちゃんは、部屋のあちこちをチェックする。

 冷蔵庫の中身が整理されているか、野菜クズが落ちていないか。

「俺も女が冷蔵庫をきれいにしているかどうかは気になるな。やっぱり俺とおふくろは似てるんだよ(笑)」

 パパは笑いながら、私によくこの話をした。

 几帳面でキレイ好きだったパパのことだ、どうせ「何もしなくていいから。笑ってくれさえすればいいから」なんて言って、ママの代わりに掃除していたはずだと私はにらんでいる。

 パパはいつまでも銀座のクラブで出会ったころの美しいママでいてほしかったんだろう。ママに煩わしいことは一切やらせず、家事、育児、料理、すべてパパがやっていた。

 中学・高校の6年間、毎日お弁当を作ってくれたのはパパだ。牛ヒレ肉のステーキ、卵焼き、焼きたらこ、紅ショウガ、ご飯の上には海苔、やや渋めの大人びたメニューは6年間、いつも同じだったけど、美味しかった。

 私が高校に上がると、

「おまえは出来が悪いから、俺はPTAに入ることにした」

 と突然宣言したことも。それからは高校の行事にも積極的に参加するようになった。

 文化祭では牛ヒレ肉が入った「辰ちゃんカレー」を一杯500円で振る舞う。これが友だちからも大好評で、3年連続でお店を出すほどの名物と化していた。

「ママを所帯じみた女にしたくない」

「ママを苦労させないから、家の中がパッと明るくなるんだ」

 これがパパの口癖だった。