ママもそんなパパに甘えて、すべてを任せきりだった。いやいや、甘やかしすぎでしょ。内心そう思っていたけど、それが梅宮家における夫婦の「愛の形」なわけだから、私がとやかく言うことじゃないと、一応わきまえていたつもりだ。

極度のストレスで膠原病に!?

 パパが高齢になり、度々がんを発症すると、さすがに体力も落ちてくる。昔のようにママ代わりはできない。それどころか梅宮家の大黒柱としてもままならず、私が一家を支えなければいけない場面が増えた。

 

 2018年はとくにキツかった。

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 パパが前立腺がんに罹り、ママが膠原病と診断されたのだ。

 服用するステロイドの副作用で、そのころのママは顔がパンパンに腫れるムーンフェイス状態。体も太りやすくなった。一方、骨はスカスカで骨折しやすくなる。2019年1月に、ママは転んでもいないのに股関節を骨折して入院を余儀なくされた。

 実はあとでわかったことだけど、ママは本当は膠原病じゃなかった。ひどい話で、要は誤診だったのだ。

 効きもしないステロイドを飲み続けて、意味もなく副作用に苦しんでいたことになる。じゃあ、ママが訴えていた体のダルさや、節々の痛み、腰のこわばり、発熱は一体、なんだったの?

 たぶん、極度のストレスだったんだろう。

 この年は、松濤のマンションを売っぱらって、パパの長年の夢だった真鶴にある海沿いの別荘に移り住んでいる。

 パパと違って、ママは真鶴での暮らしが心底嫌そうだった。

 東京にいれば、仲良しのマダムたちと食事や買い物に出かけることもできたけど、真鶴にそんな友だちは一人もいない。お店に行くのにもいちいち車を使わなきゃいけないからそれが面倒で、家にいる時間が増える。見るからに孤独そうだった。

 それにママは海にまったく興味がないのだ。

 ママがみるみる落ち込んでいくのがわかって、少しでも気を紛らわせようと、私が韓国旅行に連れ出したこともあった。でも、あまり効果はなかった。

 そして、このころから、腎臓病になったパパの人工透析も始まる。

 前にも書いたけど、パパは透析ですっかり人が変わってしまった。

 愚痴っぽくなり、時々様子を見に来た私に対して、「何しに来た。帰れ!」「おまえ、ムカつくよ」などと怒鳴り散らす。

 その言葉に腹を立てて、家を飛び出ようとすると、ママは慌てて私の腕をつかんでこう言うのだ。

「行かないで……」

 あのときのママの悲しそうな顔を見て胸が痛んだ。

 ママのことを心から愛して、大切にしていたパパなのに。こんなにつらい想いをさせるなんて……。もう梅宮家はバラバラだ。泣きたくなった。

 今思えば、パパはふたりだけのときに、ママにもつらく当たっていたはず。声を荒げて理不尽な怒りをぶつける。でも、家以外、真鶴にはママの逃げ場がない。それが相当なストレスとなって、体のあちこちに膠原病のような症状が出たんだと思う。

 あのころは、ママも私も疲れ切っていた。