たぶんママは幼少期から両親の愛情を知らずに育ったんだと思う。だから、母親としてのあり方や、子どもへの接し方がわからなかったのだろう。

 人間って、自分がもらってないものは、誰にもあげられない。愛情だってそうだ。

 

 私に無関心だったのも、そんな理由じゃないか。

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 小学生だったので言葉にはできなかったけど、なんとなくママの気持ちは理解していた。

 だから、別にママのことは恨んじゃいない。むしろちょっと可哀そうなくらいだ。

 でも、友だちの家の“お母さん”とは明らかに違うわけで。普通の母子の関係を築けなかったのは、やっぱり寂しかった。

離婚の危機!?

 世間では「おしどり夫婦」のイメージが強かったパパとママ。たしかに本当に仲は良かった。でも、すっごくケンカもしていた。

「離縁だ」「離婚しましょ」なんて言葉が飛び交うほど白熱することも。おかげで私は幼稚園児ながら世の中に「離婚」なるものがあることを知っていた。

 幼かった私は「本当に離婚しちゃうのかな……」と本気で心配していたけど、たいてい10分もたてばケンカは収まり、また仲良く会話が始まるから不思議だ。

「アンナはどっちに付いて行く?」

 なんて究極の決断を迫られたことだって何度もある。

 私は必ずこう答えていた。

「どっちにも付いて行かない」

 これは、今でも一番の正解だったと思う。だって、そう答えれば、パパもママも何も言えなくなるから。われながら賢い……いや、ケンカを止めるために気を遣っていただけかもしれない。

 普段演じているヤクザさながらにパパが凄んで、ママが折れるなんてこともない。なんならパパが押され気味になることも多々あった。

 でも、パパはママに向かって絶対に「出ていけ!」とは言わなかった。

「じゃあ、俺が出ていく!」

 これがいつものセリフだ。昭和の男なら、普通逆だろう。

 あるとき、聞いたことがある。

「ねえ、なんでパパは『出ていく』って言うの?」

「だって、ママが行くところないだろ」

 パパはそういう人だった。最後までママに優しい。

 ママはパパにとってかけがえのない存在だったんだと思う。