「サリーは待っていてくれる、一緒に歩くには俺が遅すぎるとわかっていても」

 オアシスの『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』がイギリスでシングルカットされたのは1996年、日本で『名探偵コナン』のアニメ放送が始まった年だった。もうこの世にはいない女性のことを回想しながら、「怒りをこめて振り返らないでと、俺にはそう聞こえたよ」と歌う歌詞は、リリースから20年以上経ってもテロ事件の追悼式で自然発生的に合唱で歌われる、イギリス国民の心の鎮魂歌である。

突然の訃報、「間に合わなかった」という声の理由は

山崎和佳奈さん 青二プロダクションのXアカウントより

 1996年の放送開始以来ずっと『名探偵コナン』の毛利蘭を演じ続けていた山崎和佳奈の逝去が発表されたのは、2026年5月半ばのことだった。怒りをこめて振り返らないで、というオアシスの曲を思い出したのは、2月に体調不良による休養を発表したばかりの彼女の死が伝えられるという衝撃が多くのファンの間を走り抜け、湧き上がるSNSでの悲しみの中に、悔恨や哀惜、そしてかすかな怒りも混じっていたからだ。

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「間に合わなかった、とうとう間に合わなくなってしまった」

 SNSではそうした声がいくつもあがっていた。間に合わなかったのは言うまでもなく、『名探偵コナン』という、いまや日本を代表する作品となった物語の完結のことだ。そして予期せぬ訃報の前から、ファンの間では国民的コンテンツとして巨大化する一方で、作画やキャラクターの扱いについて疑問や不安をつぶやく小さな声が上がっていた。そうした小さな声が、喪失の悲しみと合流して怒りに似た感情として噴出しかけていたように思える。

 1994年に青山剛昌が少年サンデー誌上で『名探偵コナン』の連載を始めた時、連載に向けた準備期間はわずか2週間だったと振り返る。おそらく3か月で完結するだろう、と作者本人ですら思いながら描き始めた第1回は、ほんの顔見世程度の目暮警部と毛利小五郎、名前もまだ明かされない黒の組織のジンとウォッカをのぞけば、読者が感情移入できるキャラクターは工藤新一と毛利蘭、ほぼ二人だけのデートと推理の物語だ。だがそのたった二人から始まる第1回は、いきなり読者アンケートで爆発的な人気を取る。

 青山剛昌が予想した3か月とは単行本ほぼ1巻分を意味する。『名探偵コナン』は本来なら、互いに思いあう少年と少女が引き裂かれ、そして再び巡り合う1巻完結の美しい短編作品だったかもしれないのだ。

青山剛昌『名探偵コナン』第1巻(1994、小学館)

 だが、彼の才能は予想を超えてしまう。推理漫画として始まった物語は、いつしか黒の組織をめぐるサスペンス、アクションなど多くの要素が盛り込まれ、無数の魅力的なキャラクターたちが登場していく。