「私は地味に仕事をしてきた」声優としての山崎和佳奈の功績
そしてそれは、毛利蘭を演じた山崎和佳奈も同じだった。いまやアニメ界をこえ日本映画産業を支えるコンテンツになった『名探偵コナン』のメインヒロインを演じる立場でありながら、いつもどこか一歩引いて共演者を立てているような空気が彼女にはあった。大阪弁護士会のインタビューでは
「声優は変わらないのですが、周りのスタッフは若返ります。ベテラン声優陣に、若手スタッフが物を言いにくい状態にしてはいけないと思っているので、思ったことをこっちも言うけど、向こうにも言ってほしいと思っています。
また、蘭を長年やっているからといって、自分が蘭を一番知っているような気持ちになったら、嫌だなとも思っています。」
という彼女らしい言葉を残している。彼女はその才能と貢献に比して、発言や主張を作品のために常に控えているようなところがあった。今よりもはるかに理系に進む女子学生が少ない時代に、中学高校の化学の教師に影響を受け、同志社大学工学部工業化学科(※当時の学科名)に内部進学したこと。声優と並行して日本舞踊で名取になるほど修練を重ねたこと。いくつもの才能を持ちながら、それを語ることは少なかった。
「私は地味に仕事をしてきたと思っていて、声優界の公務員みたいだと言われたこともあります」と、2025年の声優アワード富山敬・高橋和枝賞の受賞コメントでは冗談めかして語ったが、主人公のコナンに次いで出演が多く、穴をあけることのできないメインヒロインの毛利蘭を30年も演じることが平坦な道であったはずがないのだ。
第1回放送からナレーションを務めた「サンデージャポン」の5月17日放送回では、土曜の深夜にスタジオに入って日曜朝の8時ギリギリまでナレーションを吹き込む、生放送ニュースショーにあわせた収録を25年間続けた山崎和佳奈の仕事がいかにハードであったかを、珍しく一片の冗談もはさむことなく語る太田光の姿があった。
いつか工藤新一と毛利蘭の物語がクライマックスを迎える時、あまりに長く待たせてしまった山崎和佳奈の献身に晴れ舞台で報いたい、というファンの思いは、急逝により叶わぬものとなった。
『名探偵コナン』の劇場版にはエンドロール後に来年の予告が流れる恒例の演出があるのだが、今年の『ハイウェイの堕天使』のエンドロール後に流れたのは来年のメインヒロインが毛利蘭であることを示唆する予告だった。せめてあと1年早ければ、とファンが惜しむのは当然だろう。
