『コナン』が完結を迎えるその日まで…

 2月の休養発表から逝去が発表されるまで、彼女は数百万人を超える『コナン』の観客に対してほとんど情報を発信していない。自分がどんな病気と闘いどんな状態にあるのか、病床でも発信できるSNSがある時代にあえて何も言い残さないまま、彼女は静かにこの世を去っていった。

 5月15日に発表された彼女の亡くなった日は「4月18日」、それは今年の『コナン』の公開日の1週間後である。1か月も発表を遅らせた理由は明かされていないが、今年の最新作『ハイウェイの堕天使』への配慮があったのではないか、と考えるファンは多い。

2026年の劇場版最新作『ハイウェイの堕天使』 劇場版『名探偵コナン』公式Xアカウントより

『名探偵コナン』という、日本映画産業の根幹を支えるコンテンツは、有終の美を飾るべきなのか、永続的にすべきなのか。誰にも答えは出せない。もともとこの作品は、毛利蘭と工藤新一による一度きりのラブストーリーと、江戸川コナンが小学生の体で繰り返すルーティンな推理アニメが両立した奇跡の作品だったのだ。

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 驚くべきことに青山剛昌の才能は60代に入ってもまったく衰えをみせない。今年の映画のキーになる萩原千速は2020年代に入って登場した「ニューフェイス」にも関わらず、数百万人の観客の心をつかんだ。90年代からファンと人生をともに歩いてきた数十人におよぶキャラクターたちが抱える謎とラブストーリーに決着をつけるには、どう急いでも10年では足りない。

『コナン』はもはやコンテンツではなく、コンテンツ産業を支えるインフラなのだ、という比喩があるが、インフラとして人工的に設計されたものならまだ人間がコントロールできる。

 筆者の感覚ではそれは、ファンダムの二次創作までも含め、人間の無意識が自然発生的に作り出したエコシステム、アマゾンの森林や屋久島の森のような生態系に近い。いったいなぜこんな世界のどこにもないエコシステムが日本にだけ出現したのか、東宝や小学館ですら完全に把握できている人間はいないのではないかと思う。人為的に二度と作ることのできない生態系だからこそ、継続か完結か、どう維持するのかの判断は難しい。

「怒りをこめて振り返らないで、少なくとも今日のところは」

 オアシスの『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』はそうした歌詞で結ばれる。今年の劇場版主人公である萩原千速の声優が田中敦子から現在の沢城みゆきに受け継がれたように、毛利蘭という『コナン』世界で唯一無二、世界的に愛されるキャラクターも山崎和佳奈から長年親交のある岡村明美に受け継がれることになる。

 あまりに早すぎた、十分に報いることができなかった、両手いっぱいの花束を届けることが間に合わなかったという怒りに似た無念さは胸をよぎるが、たぶんその感情は常に作品のために身を引いた山崎和佳奈の望むことではないのかもしれない。

 いつか『コナン』が完結する時、すべての感情を振り返ることができる日まで、山崎和佳奈の演じた毛利蘭は作品の中で待っていてくれるだろう。オアシスの曲が歌うように、それがともに歩くには遅すぎたとしても。

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