『名探偵コナン』ファンは毎年待っていてくれる

 作画リソースについても『コナン』はアニメ業界の「テイカー」ではない。「名探偵コナンのアニメは、90年代の方が作画が良かった」そんな声が時折、過去のアーカイブを見直した外国人ファンから上がることがある。筆者も一昨年に劇場リバイバルされたTVシリーズ特別編集版『名探偵コナン vs. 怪盗キッド』を見て、もともとは2001年と2008年に作られたその作画の美しさに思わず息をのんだ。それは今よりもアニメの制作数が少なかった時代に、当時のトップアニメーターたちが集結して作った作品だからだ。

 だが2020年代に入り、アニメ制作の本数は爆発的に増加し、もはや作品間でのアニメーターの奪い合いは熾烈になる一方である。その中で毎年130億をたたきだす『コナン』は、予算的にはジブリや新海誠級の作画資本、アニメーター増員を要求することも可能ではあるだろう。だがおそらく、『コナン』はそうした「テイカー」的総力体制で作られていない。

 毎年公開される『コナン』がなりふりかまわず東宝や日本テレビの力を背景にアニメーターを引き抜けば、影響を受けるのはおそらく、この1作にすべてを賭けて自分の作家性を示したいと考えている新人映像作家たち、あるいはこれから育つ後進の作品たちである。まだファン層を固定できていない彼らから作画資本をテイクし、根こそぎ奪ってしまえば、『コナン』の後継作品はますます育たなくなる。

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「他作品から作画スタッフを引き抜く総力体制にしなくても、見せ場を押さえた一定以上のクオリティを維持すれば『コナン』ファンは毎年待っていてくれる」ルーティンな制作体制で歴代興行記録を毎年作る、という離れ業を実現する『コナン』の制作にはそうした構造がある。そしてそれを支えた、ギバーでもあり「待っていてくれる存在」であったのは、コナンというコンテンツの中での毛利蘭、そしてそれを演じた山崎和佳奈も同じだったと思うのだ。

絶対的ヒロイン・毛利蘭が抱えるジレンマ

 宮崎駿の作品すべてに「宮崎ヒロイン」と呼ばれるメインヒロインの原型、アーキテクチャがあることは良く知られる。青山剛昌の作品もまた、『まじっく快斗』『YAIBA』『名探偵コナン』すべての作品を通じてヒロインに姉妹のように共通する面影がある。その中でも宮崎駿のナウシカにあたる、ヒロイン中の絶対ヒロインが毛利蘭である。

 作中で工藤新一は子供化した江戸川コナンの状態を含めて、徹底して毛利蘭以外の女性に心を移さない。少年マンガのラブコメにおいてはしばしば複数ヒロインの主人公争奪戦が人気獲得のテクニックのひとつなのだが、『コナン』において工藤新一の心には100巻1000話をこえても毛利蘭しかいないのだ。

蘭と新一 アニメ『名探偵コナン』公式Xアカウントより

 中国や韓国など、アジア全域で毛利蘭というヒロインが日本以上に高い人気があるのも実はここである。初恋を貫く一途な思いへの共感が強い中国では毛利蘭は全アニメのヒロイン投票で1位になることも珍しくなく、海外ファンによる毛利蘭のファンアートの質と量はどれほど彼女が世界的に愛されているかを痛感させる。

 だがその絶対性にも関わらず、毛利蘭はしばしば物語の中で損な役回りを演じることが多かった。毛利蘭と工藤新一の物語が動くということは物語が終局に一歩近づくことを意味するため、簡単に動かせない、工藤新一を待つキャラクターにならざるをえなかった。

 和葉と平次を描いた『100万ドルの五稜星』、萩原千速を描いた今年の『ハイウェイの堕天使』もそうだが、毛利蘭は絶対ヒロインでありながらその作品のカギになるキャラクターを盛り上げるサポート役に回っている。脚本的にも、作画のリソース的にもその年のメインキャラクターに見せ場を譲り一歩引くことが多いヒロインになっていたのだ。