お笑いコンビ・ジャリズムのツッコミ担当として一世を風靡した芸人のオモロー山下(57)さん。デビューした大阪ではスムーズに売れたが、東京進出に苦戦して2度の解散を経て42歳でピン芸人に。
ピン芸人としての限界を感じる中で、解散から約1年後に目黒にうどん店「山下本気うどん」を開店した。開店資金の1000万円を借りた2人の先輩芸人、そして料理も経営も素人だった山下さんの店が成功した意外な理由とは……。(全3本の2本目)
——2度目のコンビ解散後は、またピン芸人に戻られたんですよね。
山下 そうです。ただ、そこからまただんだん食えなくなっていったので、これは何かで稼がなあかんなと考えるようになって。それでうどん屋をやろうと思ったんです。
——突然すぎる気がするのですが、その発想はどこから?
山下 香川出身なのでもともとうどんは好きで、当時おいしいうどん屋さんを回ってTwitterで感想を書いたりしてました。そのなかで見つけたのが新宿の「うどん慎」というお店で、ここがめちゃくちゃうまかったんです。郊外の方に行くとおいしいうどんのお店はあったんですけど、都心部には僕が感動するような店はほとんどなくて、「この味を再現して出せたら絶対当たるんちゃうか」と思いました。
「何か別の方法で稼がなあかん」と1年間のうどん修業に
——「再現する」と言っても難しいですよね。
山下 それが店主の方が僕に気付いてくれて、話す機会があったんです。「こんなおいしいうどんのお店を僕もやりたいなと思っているんですよ」と言ったら、「それなら教えますよ」と言ってくれて。それでキッチンで働かせてもらって、うどんの作り方をイチから教えてもらいました。修業に1年ぐらい通いましたね。
——もともと料理は好きだったんですか?
山下 学生時代に居酒屋でキッチン担当のアルバイトをしていたので、ある程度は料理ができました。でもそれぐらいですね。
——飲食店は成功するのが本当に難しいと聞きますし、金銭的にもリスクがあると思うんですが山下さんが一歩踏み出せたのはなぜなんでしょうか。
山下 金銭的なリスクだったら、芸人として食えなくなってる時点でもうあったんですよ。何か別の方法で稼がなあかんという状態になっていて、そこで「このうどんの味を再現できたら絶対流行る」と思えたので、店をやろうと決めました。

