◆◆◆

重心は「急に」に置かれている

 映画『急に具合が悪くなる』の英題は、「All of a sudden」となっている。

 これは、独自に考えられたタイトルというわけではないだろう。映画のラストシーンでは、「soudain」というフランス語のタイトルがあらわれ、英題はむしろ、その意味を尊重したうえで付けられたものであることがわかる。All of a sudden、soudain、突然、急に。そして、ここから推察できることは、『急に具合が悪くなる』という日本語のタイトルにおいては、「具合が悪くなる」よりも「急に」のほうに、明らかに重心が置かれているということである。

ADVERTISEMENT

映画『急に具合が悪くなる』

 じっさい、映画の鑑賞後、作品の資料を読んで改めて意識したのは――これは筆者が映画の世界にそれだけ没頭させられた、ということでもあるのだが――物語の中で流れる時間の短さだった。タイトルが表すように、『急に具合が悪くなる』は、なかなかに「急」な展開を見せ、にもかかわらず、全体の心象としては堂々たる余裕をも感じさせる、背反するような魅力をあわせもった映画だと思った。

映画内の「1ヶ月」という時間は短く感じられた

 映画と同名の原作は、がんを患った哲学者の宮野真生子と、人類学者の磯野真穂の往復書簡集である。ふたりはそれぞれ、手紙のなかで死と生、人間の出会いや別れ、また偶然をめぐる哲学などを語る。原作では手紙のやり取りという性質上、執筆した日付が宮野、磯野それぞれの手紙に記されており、また、手紙を書いている現時点での気候や、神社の祭りなど、季節を象徴するようなできごとにも筆致はしばしば及ぶ。

 映画でもまた、原作のそのような性質は踏襲されており、たとえば場面の移り変わりにおいて、「2025年6月13日」といった字幕があらわれる。そして、字幕の日付に真実性を見出すとすれば、映画のなかで流れる時間は、2025年6月3日からおよそ1ヶ月である(ラストの「後日談」と思わしき場面は除く)。短い、と思った。

映画『急に具合が悪くなる』

 むろん映画史を参照すれば、物語のなかに流れる時間が1週間や1日、あるいは1時間に満たない作品などは無数に見出すことはできる。筆者が感じたのは、映画のなかに起きるできごと、とりわけ、真理とマリー゠ルーの関係性の強化に比して、物語の時間は短い、ということである。