まさかの食違い虎口まで出現
縄張図で見ると比較的シンプルに思えたのだが、八木土城、一つ一つの曲輪の構造が実に凝っている。平虎口のある南端の曲輪から北へ進むごとに、様相の異なる遺構が次々と現れ、魅入られてしまう。
土塁、堀切、切岸と、残存状態も良好な遺構に満足しつつ進む。その先で、まさか食違い虎口にまで出会えるとは思わなかった。
八木土城は鎌倉時代の築城と伝わるが、八木家城主の時代、特に戦国期に改修されたのは間違いないだろう。場合によっては重棟時代の改修にさらに手を加えられた可能性も……。重棟が赴任する以前、1577(天正5)年の羽柴秀長による但馬攻めの際には、八木城も攻められている。八木城と八木土城、2つの城が連携して奮戦していた光景が脳裏に浮かぶ。
北端の守りも万全の土城
南端から北へ進むこと200mばかりで、ピークにたどり着く。かなり狭いが、ここが八木土城の主郭とみなしてよいだろう。標高409m、ということは八木城からさらに約80mも登ってきたのか。「自分で自分をほめたい」気分だ。
その先の急斜面を覗くと堀切が見える。降りて振り返ると、さらにその落差を体感できる。
少し下ったところの鞍部に、「ここより城外」の浅い堀切があった。これで八木土城も完全攻略。時刻は17時。残り1時間あるので、日没からかなり余裕を持って下山できるだろう。と、安堵して引き返し始めたのも束の間……。





