「報道が合っていない」と気づかされた出来事

1985年に撮影。テレビ出演を始めた頃

 仕事を続けながら違和感が大きくなるばかりでしたが、すごく印象的だった出来事があります。とあるテレビ番組から出演依頼が来たのですが、3人の女性キャスターで集まってお喋りしてくれという内容でした。メンバーは安藤優子さん、私、確か小宮悦子さんの3人。私は、自分が出演するのはお門違いと思って断りました。後日、たまたまオンエアを観たら、「現場に行くのが一番大事」などと、報道の面白さについて話が盛り上がっているわけです。

「私はこんなふうに熱く語ることができない。報道というものが本当に合っていないんだ」

 その時に、はっきり気づかされたのです。

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『情報デスクToday』は6年間続きましたが、職場ではコメンテーターの秋元秀雄さんに怒鳴られて、家に帰ったら父に怒鳴られて、「なんなんだ、この生活は」と思うほど、毎日ビクビクしながら過ごしていました。その後、番組が『NEWS23』に変わり、司会の筑紫さんは優しかったし、生放送の進行にも慣れたけれど、仕事で心がワクワクするようなことはあまりありませんでした。

30代後半、遅すぎる“モラトリアム”

 91年、サブキャスターを務めていた『NEWS23』を降板。38歳でアメリカのワシントンD.C.に渡った。

 自信がなかったテレビの仕事を離れて、何もかもをリセットしたかったのです。自分は何者で何をしたいのか、これからの人生をじっくり考えたかった。遅すぎる“モラトリアム”ですよね。アメリカ行きを決めた時、テレビ局の方には「仕事なくなるよ」と言われました。ただ、辞めた後でもし「阿川に頼みたい」という仕事があれば、それが自分が求められている仕事なのだろうと。

 アメリカでは、スミソニアン博物館のボランティアスタッフとして、博物館の敷地内にある保育園で働いていました。博物館で働く人たちの子供を日中預かるデイケアセンターです。でも、英語が全然聞き取れないので、次第に子供たちに舐められるようになりまして。「サワコは、何も教えてくれないの。サワコは遊びに来ているだけ」と言われる始末でした。