そうして、池田社長はほっかほっか亭を去る決意を固めたのだ。そして次に何をやるか考えているときに浮かんだのが、信越食品の水信氏だった。

「そのころ水信さんは、立ち食いそばのゆで太郎を始めていました。私も何回も食べていておいしかったので、このゆで太郎をフランチャイズ化して店舗数を増やしていきたいと考えたのです」

「厨房の職人技」に絶望

まずは、ゆで太郎の現状を知ることだと思った池田社長は、水信氏に頼んで店舗の視察をさせてもらうことにした。それも、単なる視察ではなく、新人アルバイトということにして、1日間働きながら厨房での調理工程を観察したのだ。

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「そこでやらされたのは、タマネギの皮をむくことでした。『剥きタマネギを仕入れれば労力のムダをはぶける』と考えながらも、黙って何時間も皮をむいていました」

ただタマネギの皮をむいていたのではない。皮をむきながら、池田社長はジッと厨房の様子を観察していた。それが、アルバイトとして働く池田社長の目的でもあった。ところが、現場の厨房に入った池田社長は絶望することになる。そこで行われていたのは、FC展開とは対極にある「職人技」のオンパレードだった。

「ほぼ店長1人で調理を担当していたんです。出汁を取り、そばを茹で、天ぷらを揚げ、それらを盛りつける。こうした作業を一人でやっていたら、とてもじゃありませんがフランチャイズ化は出来ません」

ここで断念した、のでもなかった。さらに観察するなかで、池田社長は気づいたことがあった。

「なにも1人がやることはない。分業でやらせればいい」

レシピと社名を借りて、新会社を設立

視察を終えた池田社長は、ゆで太郎のフランチャイズ化に勝算を見いだしていた。だが、もうひとつ、大きな問題があった。

当時のゆで太郎には職人肌の従業員が多く、調理場で平気でタバコを吸うような職人も少なくなかった。料理さえすればいいという態度で、顧客に気を遣えないどころか、指示されても従わないような職人も多かった。そこで、池田社長は水信氏に提言する。