――はい。
村田 でもそれで、人って変わらないじゃないですか。たとえ夫婦であっても、自分の発言で相手が変わるとは思っていないので、(夫は)自分で考えてやっていくタイプとわかっているから余計に、私があれこれ言うことによって迷わせてしまうのはいけないなと。
――下足番からやりたいと言われたときも。
村田 あーいいんじゃない、って感じでした。私も、着物を着る前はお玄関をしていましたし、知晴さんに比べると期間も短かったですが、玄関にいると、見えることがやっぱりあるので。
「いまは父と母の菊乃井を守る」という方針
――若女将として、これから4代目としてふたりで「菊乃井」を続けていかれることに向けての展望はありますか?
村田 私はいま、年に一日だけですけれど、京都産業大学で一コマ授業を担当させていただいていまして、「おもてなし文化論」の。講師はホテルの方とか、「柊屋旅館」さんとか、生け花の副家元とか、いろんな分野のおもてなしをされている方で構成された授業なんですね。
私たちの世代になるころには、「菊乃井」に来てくださるお客さまの感覚も違いますし、それに即して変えるところは変えていかないといけないけれど、基本をわかってないと変えることができないと思うんですね。なのでいまは、父と母の考えが少し時代とずれているなとか、これは違うんじゃないかなとか、そう感じることがもしあっても、それらを丸ごと吸収する時期であるということは、ふたりで話しています。
これから母が座敷に出られなくなったり、父が包丁を握れなくなるとか、前に出られなくなったときに、じゃあどうしますかということは、いま吸収しておかないと、考えられないよねって。「いまは父と母の菊乃井を守る」という方針を、夫婦で共有しています。
――ご自分たちでそれぞれ考えて動いていらっしゃる感じですか。上の世代の方に言われるのではなく。
村田 言われることもやっぱりあります。知晴さんに関しては、前に出ることがあんまり好きではない人なんですけど、飲食店は人気商売ということで「忘れられたらお客さん来てくれへんくなる」って父から言われて、出るようにはしてくれてはるんですけど。
――前に出るということについて、村田さんはどうですか。
村田 私は、ひとりで、絵を描いたりしていたい(笑)。
