結婚は長続きしなかったが⋯
結果的には、ベゾスの結婚も、ゲイツの結婚も長続きしなかった……私の結婚もだ。ただ、彼らの配偶者を通して、あの容赦ない男たちのソフトな一面をうかがい知れたのは確かな収穫だったと言える。
だからといって、彼らの仕事への執着心が消えるわけではなかったが。ああいう起業家と直接話せば、必ず格闘技の試合と化すと言っても過言ではない。
ベゾスと私はよく言い争った。たとえば、ある年のTEDカンファレンスでのこと。アマゾンのサイトで顧客の目に留まりやすい位置に商品を掲載するスポンサー広告の偽善性について、私たちの意見は激しくぶつかった。
プラットフォーム側がメーカーから広告料を受け取り、その商品をあたかも消費者にとって最良の選択であるかのように表示するのは間違っているというのが私の意見だったが、それにベゾスは反発し、小売店が日常的にやっていることと同じではないかと反論した。
また、投資金融週刊誌の『バロンズ』が苦境に陥ったアマゾンを揶揄して「アマゾン・ドット・ボム」(訳注:爆弾を抱えたアマゾンの意味)と呼んだときがあった。それに対してもベゾスは不快感を隠さなかった。私もその表現は不公平だと思ったが、ベゾスはいつまでも文句を言っていた。
その『バロンズ』の記事は、ウォルマートや小さな書店によって、あるいはアマゾン自体の膨れ上がる経費によって、アマゾンは沈没するだろうと主張していたが、後知恵で言えば、その批判の大半は完全に間違っていた。それでもベゾスは、メディアが自分の構想のスケールを理解せず、構想実現のために馬車馬のように働いて、攻勢を仕掛けている自分を尊重していないといら立っていた。ペイジとブリンが気まぐれな天才なら、ベゾスは荒々しい野心そのものだった。