あらゆるものが買えるマーケットプレイスに
アマゾン本社を訪れるたびに、私の評価が正しかったことがはっきりしていった。
アマゾンのサイトには商品が続々と追加され、収益は増加し、あらゆるものが買えるマーケットプレイスへと変容していき、1996年の収益は約1600万ドルと見事な業績を叩き出した。
翌年はそれをさらに超えた1億4800万ドル、さらにその翌年には6億1000万ドルを計上した。ただし、この間ずっと赤字だった。また、売上税未納の事実をアナログの小売業者に指摘され、税金を納めるよう圧力が高まったりもした(アマゾンがようやく全米で売上税を払うようになったのは2017年になってからだ)。
こうした問題があっても、ベゾスにEコマースを制覇する勢いがあったのは明らかだった。それに彼はオンラインショッピングを普及させた先駆者でもあった。これまでにも多くの企業が試み、AOLが様々な小売パートナーと組もうと試みた時期もあったが失敗に終わっている。
ベゾスは最初に基盤を固めてから、慎重に一つずつ機能を追加する方法をとり、オンラインショッピングに徐々に配送システムを組み込んでいき、ヘッジファンド時代に用いた数学モデリングを取り入れたのも大きな成功要因だった。
ウォルマートと同じで、アマゾンの事業の核は常に数学だった。ベゾスのデータ重視の姿勢もアナログとデジタルの融合に極めて重要だった。
グーグルの創業者たちとは違い、ベゾスは物理的に存在する商品を扱っていたため、彼が直面する課題ははるかに困難だったが、アマゾンの巧みなマーケティング、低価格、利便性が消費者の心を捉え、その人気を反映して株価は急騰し、ベゾスへの期待も高まった。
そして、1998年後半にCIBCオッペンハイマーのアナリスト、ヘンリー・ブロジェットがアマゾン・ドット・コムの目標株価を150ドルから400ドルに引き上げると、アマゾンへの期待に一層拍車がかかった。
「この株への投資には明らかに度胸と強い信念が必要だ」とブロジェットは書いた。
アマゾンの財務状況は不安定なのに、なぜそう思えるのかと私が電話で尋ねると、彼は「さあね」と言わんばかりの態度で、質問には取り合わなかった。この頃にはもう実際のファンダメンタルを無視した投資家の言葉に慣れてはいたが、その日に株価が20%近く急騰し、わずか数週間後には400ドルに達したのを見て呆気に取られた。
のちにブロジェットはアマゾンとは無関係の詐欺で訴えられ、和解の一環として証券業界から永久追放されたが、アマゾンが向かう先についての彼の予測は正しかった。
むしろ悲観的だったのは私のほうで、まるでデジタル時代のイーヨーだったが、AOLが過大評価されたときと同じで、アマゾンの財務状況では高騰した株価を正当化できないと思ったのだ。「最後までやみくもに信じる」という考え方は私にはなかったが、そうした考えの投資がまかり通る時代だったのは間違いない。