ベゾスは両親から少額の資金援助を受け、1995年半ばに、見た目は野暮ったかったがアマゾンのウェブサイトを立ち上げた。謳い文句は「世界最大の書店」だった。
確かにアマゾンを実際より大きく見せるキャッチフレーズだったが、これがもとで、1997年に大型書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルから虚偽広告だと訴えられた。すぐに和解が成立し、アマゾンには何の影響もおよぼさなかったけれど。
目指すは効率強化の物流企業
創業直後のアマゾンは、シアトルの治安が良いとは言えない地区にオフィスを構えていた。そこを訪れると世界最大の書店とは程遠い印象を受けた。
それでもベゾスは有能なCFO(最高財務責任者)のジョイ・コヴィーと一緒になって、こちらがうんざりするほど、アマゾンの急成長を自慢し(事実)、近い将来の収益性を約束し(長年実現しなかった)、アナログの小売業者のほとんどが、アマゾンの台頭で何が起きるのかを解せず、生き残るためには旧来のビジネスモデルを変えるしかないのに現状維持を続けている点(これも事実)を延々批判しつづけた。
残念ながら、コヴィーは2013年に自転車事故で亡くなってしまった。当時のアマゾンはまだ小さかったが、ベゾスの構想は壮大だった。いちばんの関心はシステムと流通で、この二つが自分が築きたいものの鍵になると知っていた。
小売業界を取材した経験もある私は、彼が売り込もうとしていたのは技術というよりも、アマゾンをいかに自動化し、データ駆動型のプラットフォームへと育てていくかなのだと理解できた。
「あなたの会社はテック企業なんかじゃない。効率を強化した物流企業だ」と本人に言ったが、それに対しベゾスはわざとらしく大声で笑っていた。