金印ただ一つだけが出土した

 副葬品や生活用品などの伴出物は一切なく、出土したのは金印ただ一つ。そのため、なぜここに埋められたのか、謎が謎を呼ぶ。

原寸大の金印レプリカ。一辺約2.3cm、高さ約2.2cmととても小さい

 奴国は『後漢書』にも記された古代国家。ここからずっと南の内陸部に位置する現在の福岡県春日市須玖(すぐ)周辺を都とし、福岡平野一帯に存在したと考えられている。

 王墓とみられる遺跡も須玖で見つかっていることから、奴国王の墓が志賀島にあったわけではない。ただし、それは金印をもらった奴国王の50~60年くらい前の人物らしいのだが。

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 では、この金印は誰が守っていたのか。

 外海に面した志賀島には、古くから海神信仰が息づいてきた。海神に仕えた阿曇氏を中心に、奴国の外交や海上交易に携わる人々が、この島で金印を管理していた――。そんな想像も膨らむ。

金印公園から博多湾を臨む

 丘の上へ登る。目の前には博多湾が広がり、左手には能古島、眼下には大小の船が静かに行き交う。

 2000年近く前、この海を渡って中国の使者がやって来たのだろうか。

 そう思いながら景色を眺めていると、古代と現代がほんの少しだけ繋がったような気がした。

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