今見れば、正気ではない

 全身からすっと血の気が引いていく。私が、間違えた? 大学で学生たちに物事の本質を見抜けと教えてきたこの私が、指示を誤解したというのか。恥ずかしさで、顔から火が出るようだった。長年かけて築き上げてきた自信やプライドが、砂の城のように崩れていく。

 冷静さを失った私の目に、「6月5日までに600万円」という文字が焼き付いた。それはもう提案ではなかった。命令だ。果たさなければならない絶対の課題だ。

 どうする。どうすればいい……。雨音に混じって、心臓の音がやけに大きく聞こえる。焦りだけが、頭の中をぐるぐると回っていた。

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 そして、私は何と返信したか。

「私が自分の壁を越えるチャンスです」

 今見れば、正気ではない。金を借りるというただそれだけの行為を、「自己成長」などという言葉にすり替えている。そうでも考えなければ、現実と向き合うのが怖かったのだ。私は彼女に言われるまでもなく、自分自身に嘘をつき始めていた。雨は、ますます強くなっていた。