郷はその後も、初来日の際にマイケルに面会したり、そのダンス・パフォーマンス、特にダンスの最中で「止まる」動きはかなり研究したと後にテレビ番組で語っていた。他にもマイケルのボイストレーナーのセス・リッグスを迎えて自身の歌唱法を確立させたり、ジャケットプレイを取り入れたりしている。
ムーン・ウォークを日本で初めて取り入れた田原俊彦
マイケルのトレードマークともなったムーン・ウォークを、日本人で初めて取り入れたのは田原俊彦だった。田原もまたジャクソン5時代からマイケルの影響を強く受けてきたことを公言している。
当時のジャニーズ事務所には、合宿所にマイケルやジャクソン5のライブビデオが参考資料として置かれており、ジュニアの少年たちはこれを見てダンスの勉強をしていたのである。田原もそこでマイケルのダンスに魅了された。
田原の楽曲では83年の「シャワーな気分」がマイケルを意識した最初の楽曲で、作曲はこれもまた筒美京平である。クイーンの「バック・チャット」を応用していると言われるが、それに加え、『スリラー』収録の「P・Y・T」の要素も加わっており、SHAKE BOOM BOOMというコーラスなどにその雰囲気が残る。この曲で田原は初めてムーンウォークを披露した。85年の久保田利伸作「IT’S BAD」でもスプリットするダンスを披露している。
85年デビューの少年隊もマイケルに多大な影響を受けたグループだった。「ダイヤモンド・アイズ」「まいったネ今夜」など多くの楽曲で、「スリラー」の振付師だったマイケル・ピータースが振り付けを担当しており、彼らのミュージカル『PLAYZONE』にも起用されている。99年からはマイケルのバック・ダンサーや振付師として共演したトラヴィス・ペイン、2006年にはピータースの片腕だったヴィンセント・パターソンを振り付けに起用するなど、その関係性は深い。
特に東山紀之はダイレクトにマイケルの影響を受けたパフォーマンスを披露しているが、東山は「BAD WORLD TOUR」を観に行った際、宿泊したホテルが同じだったため、マイケルに面会したそうだ。彼のストイックさはマイケルがコンサート終了後も部屋でダンスの練習をしていた姿を見たことにあるのだという。
また、ペインやパターソンは、他にもA.B.C-Zの振り付けを手がけるなど、マイケル・ジャクソンとジャニーズ事務所のアイドルには深く密接な関わりがある。



