丁寧に答えてくれた団野村
野茂のメジャー挑戦の表明会見の翌日、1月10日に早速東京へ向かっている。野茂の練習拠点だという神宮室内練習場へ足を運び、団野村の母・野村沙知代がオーナーを務める少年野球チーム「港東ムース」で団野村がコーチをしていると聞き、チームの試合が行われていた多摩川グラウンドにも行ってみた。
「まだ、何もありませんよ」「メジャーとの交渉もこれからです」「練習パートナー? そういうのも、ちゃんと考えていきます」
団野村は、初見の記者のぶしつけな直撃取材に、少々困惑の表情を見せながらも「ここまでは電車で来たんですか?」とグラウンドから最寄り駅まで自らの愛車で送ってくれた。その車中で、丁寧に質問にも答えてくれた。
時間が空けば、コミッショナー事務局へ足を運んだ。当時の事務局長・金井義明は元スポーツ紙記者でもあり、ストライキ中だったメジャーの現状、野球協約や日米間での選手移籍に関するルールなど、懇切丁寧に解説してくれた。
「親心から言えば危険な賭けだね」
さらに、私見と前置きした上で、現状の“混迷ぶり”も語ってくれた。
「だって、近鉄がこれ(お手上げの意)だ、って言ってるんだもん。他への影響は大きいですよ。球団がしっかりしていないと『こうなりますよ』と言えます」
「FA選手とは状況が違う。代理人の介在が発生する恐れがありますし、それが一番の問題点。防げるものを防げなくなりました。“協約論”で言うなら、日本に戻るときは近鉄に戻ることになる。でも帰って来て、また楽しくやれるのかなって思うよ。万一、向こうで何かがあって、どこへ助けを求めるんだろうね? 彼はこれからが大変だよ。頼りになるのは一人(代理人)だよ。いい人ならいいんだけど、親心から言えば危険な賭けだね」
当時の球界の“野茂への見方”は、こうした悲観論が主流だった。
