――お母様はどうでしょう。

ノムラ 母はその挨拶の場では、芸人について納得しきれてなかったですね。最後まで「やめてください」っていう感じで「せめて5年だけにして、それで売れなかったらあきらめて」って。

――やはり芸人になることには反対だった。

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ノムラ 「勘当してやる」とまで思ってたらしいです。

 

「このまま医者になってもいいかもな」と気持ちが傾いた瞬間は?

――お相手側のご両親への挨拶はどうだったんですか。

ノムラ それが、びっくりするくらい寛大でした。お笑いをやっていることは夫から聞いていたみたいで、初めてお会いした時、当たり前のように「お笑いのお仕事は最近どうですか?」と尋ねられました。「別に何も気にしないので、どうぞ好きにしてください」という鷹揚なスタンスで、私が出演するテレビ番組は観て応援してくださっています。

――ご両親の公認を得たノムラさんは、医学部生と芸人を両立し、6年生の2月に国家試験に合格。医師免許を取得されました。

ノムラ あれも本当にギリギリでした。国試1カ月前の直前模試は学年ビリで、さすがにこれはやばいと思ってそこから1カ月家からほぼ一歩も出ずに、起きてる時間はずっと勉強してました。

――医師免許まで取ってしまうくらいだったら、ふと「このまま医者になってもいいかもな」と気持ちが傾いた瞬間が、どこかであったんじゃないですか。

ノムラ それが、本当に一度もないんです。私、たぶんすごく頑固で、しかも自分への言い訳がうまいんですよね。お笑いで何回負けても「いや、○○だからしょうがない」ってその度に都合よく切り替えられる。大学の6年間、ずっと芸人になることしか考えてなかったです。

山梨大学医学部を卒業した時の記念写真。こう見えてすでに事務所にも所属するプロ芸人である

――それだけ振り切れたのは、なぜだったんでしょう。

ノムラ 一度「芸人になれるかも」って可能性が見えた瞬間に、それがバーンって膨らんでそれ以外見えなくなってました。「どうせ絶対なれない」と思って蓋をしてた場所が、高校時代に相方の王坂から「お前ならなれる」って誘われた瞬間に、パカッと開いちゃったんです。だから突き進むしかなかった。

――そして、お笑いでは2024年のTHE Wで決勝進出。3位という結果を残した。

ノムラ 家族がめっちゃ喜んでくれました。THE Wのあとに、母が色紙を渡してきて、日付も入れて「パパとママへ」って書きなさいって。手のひら返しがすごすぎて、なんなんだろうって思いましたけど(笑)。