芸能事務所にスカウト→朝のニュース番組でメインMC
しかしテレビに出たことで、周囲のやっかみを招くこともあったようだ。放送とは別の日、村上氏は高市氏と西麻布の串揚げ屋に二度出かけたことがある。
「(短大で)悪口を言われて、どうしたらいいんだろう、と。大変だなと思って励ましたんですが、高市は泣いてしまって。参りましたね」
結局、高市氏は1年ほどで番組を去った。
「そのうち他の番組からも声がかかるようになって、芸能事務所にスカウトされた。数カ月して、フジテレビの番組でメインMCが決まったと、降板の申し出がありました」
高市氏は、1990年に放送を開始したフジテレビの平日朝7時のニュース番組『朝だ!どうなる』のキャスターに、フリーアナウンサーの小俣雅子氏や石井苗子氏(現・日本維新の会参院議員)と共に起用された。
番組スタッフに「秘書にならない?」と…
この頃、高市氏の本当の目標がテレビキャスターではなく政治家であることは、番組スタッフの間では周知の話で、村上氏をはじめとする番組スタッフに「秘書にならない?」と声をかけていたという。実際、高市氏は1992年7月の参院選に出馬することになるが、その際の看板となったのが、キャスターを始めとするメディア露出だった。
政治家の家に生まれたわけではない高市氏が、いかに若くして政治家への階段を駆け上がっていったのか。高市氏に「妹みたいに思っている」と言われた女性の告白や、“恩人”が怒りを露わにした“裏切り”、奈良のドンと呼ばれた男の側近が語った高市氏との関係など、甚野氏が執筆した「裏切りと涙のサナエ劇場 奈良『鉄の女』の原点」は、7月10日発売の「文藝春秋」8月号および、「文藝春秋」の電子版「文藝春秋PLUS」(7月9日先行公開)に掲載されている。
